“旅館の女中の眼病”の治療費を出した
「微塵も悪い心のない」「女よりも優しい親切なところ」。これは、毎日怒鳴られ、クビを宣告され、理不尽な要求を突きつけられていた女中の言葉とは思えない。だが、セツには見えていたのだろう。八雲の怒りは、悪意からではなく、「幼少の時から世の悪者共に苛められて泣いて」きた傷から来ていることを。
左目を失い、貧困の中で育ち、孤独に耐えながら生きてきた男。その「感情の鋭敏なこと」は、傷つきやすさの裏返しだった。八雲の怒りは、防衛本能だった。そうではない、真の性根をセツはすぐに知っていたのだ。
しかも、女中に雇われた時期にセツは八雲の真の姿を知る騒動を見聞きしている。
八雲が最初に暮らした冨田旅館にいた女中の娘は眼病を患っていた。八雲は宿の主人に、早く病院で治療させるべきだと言っていたが、主人は生返事ばかり。ついに、八雲は「珍しい不人情者」と怒って、治療費を出してやり全快するまで面倒を見た。
セツはこの話を聞いて、何を思っただろうか。怒りっぽく、神経質で、すぐに「ジゴク‼」と叫ぶ男。だが、その奥には誰よりも優しい心がある。セツには、それが見えていたのだ。
“孤独と優しさ”を見抜いた「セツ」、理解に救われた「八雲」
極度のノイローゼで、家畜小屋のように寒い部屋で震え、孤独に苛まれている男。だが、他人の痛みには我慢できず、惜しげもなく金を出して助ける男。そして何より、「腹を立てたために病気になった」と自覚できるほど、自分の感情に正直な男。
数週間で雇い主と女中が夫婦になる。普通に考えれば、ありえない話である。だが、八雲とセツの場合、むしろ当然の帰結だったのかもしれない。言葉が通じなくとも、いや、通じないからこそ見えるものがあった。怒りの向こう側にある孤独と優しさ。それを見抜いたセツと、そのセツの理解に救われた八雲。
ドラマ「ばけばけ」が描く二人の物語は、言葉を超えた理解と、それが生んだ愛の物語なのである。
先日SNSでドラマの感想を見ていたら、ヘルンの怒りっぽさが朝からつらいと書いている人がいた。でも分かってほしい、彼は単に不器用なだけなのだと。
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