八雲「室内は家畜小屋のように寒い」

これは単なる体調不良ではない。孤立、不安定な雇用、唯一の理解者である西田の病臥、そして極寒の冬、これらすべてが重なり合って、八雲の精神を蝕んでいたのだ。「極度のノイローゼ」という池野の指摘は、まさにこの状態を言い当てている。

不安に加えて、体調も悪い。おまけにチェンバレン教授への手紙では「室内は家畜小屋のように寒くて、火鉢も炬燵もほんの、火気の影」と書いている。当時の日本家屋だから、隙間風は入りまくりである。これでは、どんな人でも不機嫌になり、些細なことで怒鳴ってしまうのは当然といえるだろう。

結核で病床にある西田が、風邪をこじらせて寝込んでいる八雲を心配し、東京で学んだ名高い医師・田野俊貞の田野医院を紹介しているのだ(旧田野医院は文化財として現存)。病人が病人を励ます構図である。

田野医院のおかげで26日からは出勤できるようになった八雲だったが、冬の寒さや将来への不安も重なって、ノイローゼは快方には向かっていない。この頃の西田宛の手紙では「腹を立てたために病気になった」と書き、不眠になっていることも伝えている。

セツは“八雲が絶不調の中で”雇われた

「腹を立てたために病気になった」なんて、これほど正直な告白があるだろうか。八雲は自分でもわかっていたのだ。自分が怒りっぽくなっていること、それが病的なものであることを。いわば極度の冬季うつである。そしてこれは、春を迎えるまで直らなかった。

セツが女中として雇われたのは、まさにこの時期。八雲が絶不調の真っただ中にいた、その時だったのである。

そう考えると、ドラマで描かれた不機嫌ぶりや、すぐに怒鳴る場面など、まだまだ序の口だったかもしれない。言葉も通じない若い女中に、どれほど理不尽な怒りをぶつけたか。ドラマは朝の連続テレビ小説だからこそ、あのくらいで抑えているのだろう。実際には、もっと激しく、もっと救いのない場面が、日々繰り返されていたに違いない。

にもかかわらず、二人は数週間の間に雇い主と女中から夫婦になっている。いったい、これはどういうことだろうか?

セツの記した『思ひ出の記』に、そうした記述はない。ただ、セツの八雲評からはその理由が窺える。

ヘルンはごく正直者でした。微塵も悪い心のない人でした。女よりも優しい親切なところがありました。ただ幼少のときから世の悪者共に苛められて泣いて参りましたから、一国者(注:頑固者のこと)の感情の鋭敏なことは驚くほどでした。

セツは見抜いていたのだ。怒りの奥にあるものを。

小泉八雲の妻セツ
小泉八雲の妻セツ(写真=nippon.com/小泉八雲記念館蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)