人生の深い喜びを得るにはどうすればいいか。福厳寺住職の大愚元勝さんは「仏教では深い喜びが得られるものとして、『自分自身の内側を深く掘り下げて探求していく』ということが一番の喜びである、としている。自分自身を探求するには、群れから離れて、一人きりにならないとできない」という――。
※本稿は、大愚元勝『仕事も人間関係もうまくいく離れる力』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
群れから離れて、孤独になる効果
「何かおもしろいこと、ないかな」と探すとき、現代人は当たり前のように自分の外側にある情報を求めます。
たとえばネットでクチコミなどを検索しながら、「あそこのオムライスがおいしいらしい」「来月封切りのあの映画がおもしろいらしい」「今年はこういうファッションが流行しているらしい」など、自分が受け身になって楽しむことを求める傾向があるのです。
しかも一人で何かをするのではなく、友だちといっしょに出かけたり、グループで楽しんだり、あとでおもしろいの、おもしろくないのと情報を交換したりすることを、大きな楽しみとしているようです。
それはそれでいいのですが、自分が開拓する楽しみとしては、少々薄っぺらい気もします。
仏教ではもっと深い喜びが得られるものとして、
「自分自身の内側を深く掘り下げて探求していく」
ということが一番の喜びである、としています。
これは、別の言葉でいえば「瞑想」。自分は何者なのか、なんのために生きているのか、自分は何を求めているのかなど、人生の本質とは何かを自らに問いかけながら、自分自身の本当の姿に気づくための作業を意味します。
そんなふうに自分自身を探求するには、群れから離れて、一人きりにならないとできません。自らすすんで孤独に身を投じる、いいかえればあえて孤独という状態を自分でつくる必要があるのです。
これが、仏教――お釈迦さまの説く孤独。結果として友だちがいなくなってしまったあとの一人、ではないことを理解してください。
そしてお釈迦さまは、そのように孤独を楽しんで気づきを得ることについて、「四念処」という四つの分野で説いています。詳しくお話ししましょう。

