よかれと思って引き受けた仕事が、いつのまにか大きな負担に。なぜ、そんな「親切疲れ」に陥ってしまうのか。精神科医の藤野智哉さんは「自分と他者との間に健全な『境界線(バウンダリー)』を引くことが、自分を守るカギになる」という――。

「空気を読む文化」がバウンダリーの障害に

断るのが苦手で、職場でもちょっとした雑用を頼まれると、忙しいのについ引き受けてしまう。愚痴に付き合ったり、相談されることが多い。仕事の連絡が休日にもあって気が休まらない。意見の強い人に押し切られがちで、理不尽と思いつつ結局がまんしてしまう……。こうしたことに悩んでいるとしたら、あなたに足りないのは「人間関係に線を引く」ことかもしれません。

人間関係に線を引くという発想は、心理学では「バウンダリー」と呼ばれています。つまり、自分と他者の間にある、見えない境界線です。これができると「どこまで相手と関わるか」「どこから自分を守るか」を、主体的に決めることができます。

たとえば忙しい時期に他の仕事を振られたとします。線引きができていない人は言われるがままに引き受けてしまいますが、バウンダリーが適切に引けると「今は仕事が手一杯でできそうにありません。どうしても私にということであれば、来週からなら着手できますが」などと、自分で「できる/できない」の線引きをして、うまく相手に伝えることができます。

バウンダリーが曖昧あいまいだと役割を超えた業務まで抱え込み、自分の「時間」がなくなってしまいます。あるいは自分の「価値観・考え方」「感情」をも奪われてしまいます。自分と他者との間に健全な一線を引くことで、互いを尊重しながらも長く心地よい関係を築いていく――。それは、自分を守るだけでなく相手にも配慮し、持続可能な関係性を実現するための知恵なのです。

日本の職場に根強く残る「空気を読む」文化は、このバウンダリーの考え方を職場に取り入れるうえで、手ごわい障害です。私たちは幼いころから自己主張を控え、周囲に合わせることをよしとする価値観に慣れてきました。自分の意見を控えて相手の気持ちを察して行動することが、謙虚や配慮といった美徳とさえ考えられてきたのです。

しかし、このような文化が、自分の領域を守るための線引きを難しくさせます。心身が疲弊しているのに、周囲から「わがまま」「協調性がない」などと評価されるのを恐れて歯止めがきかない。「もうしんどいです」「これ以上はできません」が言えない空気が、職場全体に蔓延しているのです。

セクハラやパワハラに対する意識の遅れも関係しているかもしれません。安易な「海外は進んでいる/日本は遅れている」といった論調に与くみしたくはないですが、かつての成功体験に支えられた根強い昭和の価値観が、法的な整備や職場環境の最適化を阻んできたことは否めないと感じます。

ですが、そうした土壌は確実に変わりつつあります。過労死やハラスメントの問題が大きく報道され、個人レベルではSNSで他社の事情が共有されるようになり、多くの人が「自社のルールや職場で常識とされていることが、必ずしも世間ではあたりまえではないのかもしれない」と疑問を持てるようになりました。

特に若い世代は、働き方や仕事に求める価値観が多様化しています。かつてに比べれば転職のハードルも下がり、自分に合わないと感じたら辞める選択肢も持ち合わせています。そのために昭和的な価値観を持つ上司との間で、意識の格差が拡大し、理解し合えない壁が生まれているのです。

職場では、あらゆる世代が時間や空間を共有し、力を合わせて同じ仕事に取り組みます。壁が高く強固であるほど意見の交換はままならず、新しい発想は生まれません。だからといって強引に交わろうとすれば、無理を強いたり、軋轢あつれきを生じます。だからこそ、互いを尊重するバウンダリーの考え方に価値があるのです。