Siri、コンピュータ将棋ソフト、お掃除ロボットにスマートスピーカーなど、AI(人工知能)技術は身近なものとなっている。だが、人間がAIの判断に依存することで、考える力を失ってしまう世代が生まれてくるという。いま、どのような教育が必要なのか。

新聞を読まない人の、おそるべき傾向

【新井】これからAI時代が本格的に到来する中、生まれたときからAIの判断と推薦によって生きることになる世代を、私は「デジタルネーティブ」ではなく「AIネーティブ」と名付けています。

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例えば、YouTubeで電車の動画を見ていると、次はこれを見たらいいとどんどん推薦してきますね。子どもは自分から何かを探すわけではなく、AIに推薦されたことに無意識に従って生きていく。そんな子どもたちがこれから育ってくるのです。

【佐藤】タブレット型学習法によく似ていますね。

【新井】ええ。AIネーティブの子どもたちが育つとき、自分が本当に何をしたいのか。自分で切実に欲求する前に、与えられたものだけを消費してしまうことになる。そうやって育った子どもたちが将来的にクリエーティビティを発揮し、生産者として必要な真実の判断ができるのか。私は難しいように思うのです。

【佐藤】わかります。AIは統治者にとっては非常に有利なツールでもあります。ですから、統治者側の子どもたちには、そういったものには一切触れさせない一方で、統治される側のほうにはAI時代というかたちで浸透させていく。実際、新聞を読まない人たち、つまり、SNSに依存する度合いが強い人たちほど現政権を支持する傾向が高くなっています。

【新井】本当にそうですね。AIはお金を持っている人たちが制御しやすいツールなのです。どのように正解データをつくるかで、AIの動き方は決まってくる。それを客観的で公平なものだと思っていると本当に不利になります。

【佐藤】おっしゃること、よくわかります。AIに慣らされてしまえば、成立しえない非論理を、論理的だと思ってしまうことがある。

最近、私が教えている神学部の学生たちに見せたちょっと面白い映画があります。それが1944年の11月につくられた日本の国策映画『雷撃隊出動』です。