〆切延長のお願い――文豪たちのユニークな言い訳

どれほどすぐれた才能を持つ文豪でも、時には原稿が間に合わず、編集者に〆切の延長をお願いすることがあります。その際、彼らが用いたユニークな言い訳は、しばしば後世に語り継がれる逸話となっています。おもしろいものをいくつか紹介しましょう。

たとえば、マーク・トウェインは、ユーモアを交えた言い訳で知られています。

彼はあるとき編集者に、

「原稿があまりにも素晴らしすぎて、自分自身が驚いている。もう少し時間をかけて、この驚きに慣れたい」

と伝えたことがあります。トウェインのウィットに富んだ言い訳は、編集者を笑わせつつも、延長の了承を得る効果的な方法でした。

アメリカのSF作家、フィリップ・K・ディックは、夢見がちな言い訳をしました。

「昨夜見た夢の内容があまりに鮮明で、その影響で現実と夢の区別がつかなくなってしまった。もう少し時間が必要だ」

と編集者に説明したことがあったそうです。ディックの作品にはしばしば夢や幻覚がテーマとして登場するため、編集者も納得したといわれています。

イギリスの小説家、コリン・ウィルソンは、

「宇宙からのインスピレーションを待っている」

と言い訳しました。彼は評論家でもありましたが、SF作家としても知られ、宇宙や未知の領域への興味が強かったため、このような言い訳も彼らしいものでした。編集者は彼の独創性を理解し、期限を延長することに同意したそうです。

日本の作家でもユニークな言い訳をした例があります。

芥川龍之介は、しばしば「創作の神が降りてくるのを待っている」と言い訳し、編集者にも〆切を延ばしてもらっていたそうです。芥川の繊細な精神状態を理解していた編集者は、彼の要望に応じることが多かったと言います。

江戸川乱歩は、猫のせいにすることがありました。

「うちの猫が原稿の上で寝てしまい、起こすわけにもいかず、進められなかった」

と編集者に伝えたこともありました。乱歩の猫好きは有名で、このような言い訳も彼らしいエピソードです。

村上春樹は一度、

「ジョギング中に思いついたアイデアをもっと練りたい」

と言い訳しました。村上はジョギングが創作の重要な一部であると公言しており、この言い訳も彼らしいものでした。編集者は彼の創作プロセスを尊重し、もちろん〆切を延ばしたそうです。

エクアドルの首都キトで公演する村上春樹さん(2018年11月8日・エクアドル)(写真=Ministerio Cultura y Patrimonio/PD-author-FlickrPDM/Wikimedia Commons

太宰治もまた、独特な言い訳を用いることがありました。

「今朝、カフェで書いていたら、隣のテーブルの会話があまりに興味深くて聞き入ってしまい、執筆が進まなかった」

と弁解したことがあったそうです。太宰の観察力と人間への興味が反映された言い訳で、編集者も苦笑しながら延長を許したそうです。