※本稿は、本田健『作家とお金』(きずな出版)の一部を再編集したものです。
文豪、夏目漱石のぼやき、川端康成の願い
「文豪」と呼ばれる人たちがいます。作家にとっては、その頂点にいるような人たちですが、そんな頂点に立つ人たちでも、お金に困った時期があったのは、驚きです。
というより、逆の言い方をするなら、お金に困ったことがない作家などいないのではないかと思うほどです。
文豪といえば、その筆頭に誰もが思い浮かべるのが、夏目漱石ではないでしょうか。
その文豪、夏目漱石が、自分の生活についてぼやく一文を遺しています。
夏目漱石が「文士の生活」として書いたものですが、それには、こんなことも書かれていました。
この文章は、下積み時代ではなく、すでに『吾輩は猫である』も出版されてベストセラーとなり、その印税が入った後に書かれています。「文豪」のイメージとは程遠い生活が想像できますが、それだけに親近感も湧いてきますね。
余儀なく「穢い家」に住んでいても、それを恨んだりしているわけでもない。「文士」として、余儀なく、というのは、つまり選んで生きていると私には思えます。作家たちのお金にまつわる文章を集めた左右社編集部編の『お金本』は、作家という人たちの暮らし、現実を知るうえで興味深い本ですが、そこには、もう一人の文豪、川端康成が、「私の生活」として、10の「希望」をあげています。
その7番目の希望として、「原稿料ではなく、印税で暮せるやうになりたいと思ひます。せめて月末には困らないやうに――」とあります。これが書かれたのは昭和4(1929)年11月、『伊豆の踊子』が出版されたのは1926年、「東京朝日新聞」の連載がスタートしたのは1929年12月です。作家としては、まだまだ経済的に安定するというまでになっていません。
それにしても、後にノーベル文学賞を受賞することになる人も、「夢の印税生活」を夢見ていたのかと思うと、人の運命というのは面白いものですね。