1964年、松下電器産業(現パナソニック)は創業以来の危機に襲われる。その時、創業者、松下幸之助は何を語ったのか。ブックライターの上阪徹さんの著書『松下幸之助 世界でいちばん「しあわせ」を売った男』(実務教育出版)より紹介する――。
松下幸之助、撮影=昭和53年12月5日
写真=共同通信社
松下幸之助(撮影=昭和53年12月5日)

なぜ松下幸之助はあっさりと社長の座を降りたのか

社長をなかなか引退できない経営者が、ときどき話題になることがあります。

もちろん、理由はさまざまにあるのだと思いますが、社長というポジションが大きな魅力のあるものであることは間違いないでしょう。そのポジションを、あっさりと降りてしまったのが、幸之助でした。

またしても、世の中から拍手喝采されたのでは、と想像します。幸之助が「素直さ」を大事にした理由の一つには、人間には私利私欲が潜んでいることに、素直になれば気が付けるからです。そして、だからこそ私利私欲を消すことの難しさにも幸之助は気づいていました。

晩年になってすら、自分は私利私欲を打ち砕き続けている、と語ったそうです。どうしたって私利私欲は出てきてしまう。そこに打ち勝つには、その私利私欲を見つめ、真正面からぶつかっていくしかない。戦っていくしかないのです。

では、なぜ私利私欲は危険なのか。それは、判断を誤らせるからです。

これは世の中のためになるか、ならないか

リーダーとして、常に行わなければいけないのは、私心のない判断です。

「これは世の中のためになるか、ならないか」

もし、幸之助が松下電器の成長発展の過程で、私利私欲にまみれた経営判断をしていたら、会社はどうなっていたでしょうか。まさに「これは世の中のためになるか、ならないか」という判断を貫いたからこそ、松下電器の繁栄はあった。多くの人からの応援が得られた。尊敬もされたのです。

幸之助は、自分の中に私利私欲が潜んでいることに気づいていました。だから、素直に自分と向き合った。「自己観照」という幸之助の言葉が残っています。

自分を一旦外に出してみて、客観的に見つめてみる、ということです。私利私欲と真正面から向き合い、それと戦わなければならないのは、誰でも同じです。私利私欲にまみれた人が尊敬を受けるはずがありません。

しかし、多くの人が、自分の中に私利私欲が潜んでいることに気づいてすらいません。まずは気づかなければいけないのです。そして、常に戦わなければいけないのです。