「所得倍増の二日酔い」

岩戸景気と呼ばれる好況の中で、繁栄を謳歌する日本経済も、1961(昭和36)年末には陰りが見え始めた。

1月の社長退任のあいさつに先立つ、経営方針発表会で、「膨張しては引き締めてやっていくところに堅実な発展が約束される」と指摘した幸之助は、この変化に、強い懸念を抱くようになった。

池田内閣は、1960(昭和35)年12月に閣議で「国民所得倍増計画」を決定、相変わらず高度成長路線を歩んでいた。一般社会にも高度成長に慣れ、何ら不安を感じないという風潮が広がっていた。

そこで幸之助は、「文芸春秋」誌12月号で「所得倍増の二日酔い」という一文を発表し、こう警告した。

「日本経済が戦後16年間でこれだけの発展をして来たのは、他力によるものである。それを自力でやってきたかのように錯覚したために、今日の経済の行き詰まりが急速に起こってきたと思う。所得倍増もいいが、その言葉に酔って甘い考えをもってはならない。1つのことを行うに当たっては、その基礎には国民の精神を高める呼びかけがなければならない」

この文は第21回文芸春秋読者賞を受賞した。

パナソニックホームページ『松下幸之助の生涯』より

「利益がないのは罪悪」と言った意味

幸之助はこの後、新聞広告などでも自らの意見を署名入りで発信、大きな話題となっていきます。

1960(昭和35)年、日本に貿易自由化の波が押し寄せた時代、まだ自由化は早いという声もあった中で、幸之助は「実は熟した」と題した意見広告を出しました。

翌年には、「アイデァ日本」と題した正月の広告で、国際競争に打ち勝つための日本のあり方を提言しました。もう基礎はできた、日本に足りないのは、すぐれたアイデアだ、と。

そして1965(昭和40)年に出したのが、「儲ける」というタイトルの新聞広告です。「この大事なことをもう一度、真剣に考えてみましょう」というサブタイトルがついています。

当時、日本の家電業界は苦しい状況にありました。幸之助は新しい販売制度を導入するのですが、その決意表明とも言えるメッセージでした。幸之助の「社会の公器」というものに対する考え方をよく表しています。

ヒト・モノ・カネをはじめとする経営資源は、いずれも社会からの預かりもの。企業はそれらを正しく有効に用いて、適正な利潤「儲け」をあげなければいけない。儲けてこそ、税や株式配当、あるいは社員の福祉向上を通じて、富を社会に還元できる。ここに「社会の公器」たる企業の本分がある、と。

預かりものを衆知を集めてフルに活用して役立つ製品やサービスを作り出し、それを顧客に届ける。その貢献の代償、報酬としていただくのが、利益であるということです。

利益がないというのは、役立っていない証拠。罪悪だと言っているのです。だから、適正に儲けよう、と幸之助は改めてメッセージしたのでした。

安ければいいというものではなく、適正ないいものには対価が与えられ、適正な利益を得たものがさらに良い社会を作っていく。もしかすると、安いものに席巻された日本で、今、最も発しなければいけないメッセージなのかもしれません。

パナソニック本社(大阪府門真市)
パナソニック本社(大阪府門真市)(写真=Pokarin/CC-BY-SA-4.0,3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons