莫大な質量を生む「あと10%の努力」

「運とツキの法則」とあわせて誰もが決して逃れられない法則があります。それは「時間は有限である」ということです。時間はほかのものでは代用できない大切な資源です。この使い方によって人生は大きく左右されます。

アインシュタイン博士は「特殊相対性原理」を唱えました。これは「時間は絶対的なものではなく相対的なものである」という考え方です。さらに博士は「E=mc2」という公式で、微量の質量の消滅が、莫大なエネルギーに変わることを示しました。

ひるがえって、私は人間の能力の原理として「A=cs2」という公式を考えました。Aとは能力(Ability)、cは集中(concentraition)、sは秒(second)です。つまり人間の能力は目標に向かって集中して努力した時間の2乗に比例するという意味です。

私は人間の能力は無限大で、生まれつきの才能の占める比率は低く、集中して努力した時間によるものと考えています。私たちの能力は限りなく大きなもので、毎日の努力の積み重ねで、その価値を膨大なものにできる。働く人々の努力、すなわち「夢中力」こそ、会社の貴重な財産だと思うのです。

「時間がない」が口癖になっているような人がいますね。どうすればいいのか。答えは単純です。仕事を速く仕上げてしまえばいいのです。

私が西武百貨店に就職した頃は、休みは週1日、勤務時間もいまより長いものでした。企画室にいた頃、全盛期の堤清二社長の下で働いていました。社長からは、毎日、バッティングセンターのように次から次にテーマが与えられましたが、どのテーマも知識や経験がないと立案できません。

経営はスピードが命。優秀な経営者は誰もがせっかちです。私は課題に対して、すべてその日のうちに結論づけようと決めて、毎日2時間をこの作業に使うようにしました。人間の頭脳が集中して仕事ができる時間は2時間が限度だと思ったからです。毎日、この課題に挑戦していると、条件反射のようにどんな難題にも必ず対応できるようになりました。

時間の有効活用でもう1つ重要なことは、「苦手なことはやらない」ということです。人生を80年とすると、ビジネスという意味では、最初の20年は何もやっていません。定年を考えると長くても40~50年しかないわけです。休みの時間を差し引けば、苦手なことをやっている暇はありません。

得意なことをするだけで一生過ごせればかなりの成果をあげることができます。その典型例は野球のイチローであり、ゴルフの石川遼、宮里藍です。この人たちは、それぞれの分野で小さなときから練習を積み頭角を現してきました。得意なことは早く見つければ見つけるほど有利です。

ただし企業の中で仕事をするうえでは、得意な分野をそのまま仕事にできるとは限りません。むしろそんな恵まれた人はごく少数でしょう。大部分の人は与えられた仕事を好きになるしかなく、得意になるしかない。しかし与えられた仕事だといっても、努力すれば必ず好きになれる。努力とは「夢中になること」であり、その結果、「成果」をあげることです。夢中になれば、どんな仕事でも好きになれる。夢中になった結果、成果があがれば、ますます仕事が好きになります。

必要なのは「あと10%の努力」です。いったいどれほどの人が夢中で仕事をしているでしょうか。ほとんどは50~60%の力でこなしているように見えます。日本の企業内競争はとてつもなくレベルが高いものではありません。あと10%を上乗せして70%の力を出せば、抜擢される可能性が高いはずです。わずかの努力があなたをプロに育てるのです。

冒頭に申しあげた通り、カード業界をめぐる環境は厳しい。しかし競争相手が諦めているとすれば、こんな勝ちやすい状態はありません。カード業界に身を置いて30年目になりますが、これほど絶対的に勝てるチャンスがきたのは初めてです。でも、多くの人はそれに気がつかない。恐らく現場の出してくる予算は例年と変わらないでしょう。人間は予算で数字をつくると、予算さえ達成できれば、満足を覚え、それ以上やらなくなります。これが人間の性なんですね。

全社員が能力を十分に発揮できなければ、破壊的なイノベーションは起こせません。そのためには「説得」と「納得」だけでは不十分で、社員との「共鳴」が必要です。ただ仕事を与えるだけではダメです。とくに若い世代は、「この仕事でどれだけ自分が成長できるか」というフィルターを通して仕事を見ています。昔より賢いんです。

日本のホワイトカラーがサラリーマンからビジネスマンへと変化している兆しなのかもしれません。かつては「会社に飼われている」という自覚でも差し支えなかった。サラリーさえもらえれば、それでよかった。いまはビジネスマンとして、創業者のような気持ちでリードしなくてはいけない。とりわけ「運とツキ」を味方にするには、他力本願ではだめです。やはり自力でやらねばならない。効率よく集中的に時間を使い、率先して仕事をリードしていく。勝利の女神が微笑むのはそうしたビジネスマンだけなのです。

※すべて雑誌掲載当時

クレディセゾン社長 林野 宏
1942年、京都府生まれ。65年埼玉大学文理学部卒業、西武百貨店に入社。企画室、マーケティング部、事業開発部など、一貫して新規事業の創設などの業務に携わる。82年西武クレジット(現クレディセゾン)へ。83年同社取締役、85年常務、95年専務。2000年より現職。05~09年まで経済同友会副代表幹事を務めた。著書に『勝つ人の考え方 負ける人の考え方』(かんき出版)などがある。
(岩田昭男=構成 尾崎三朗=撮影)
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