大給氏の「川と池」のたとえ話は「ご意見番のようなカリスマをつくらない」という編集方針にも通じている。
「カリスマはカリスマゆえに意見にブレがなく、固定的になりがち。だけど普通の人の好みの感覚は日々変わっていくものだし、オタクにもならない。いい意味で移り気。そういう自分たちの感覚に合う情報を教えてくれるのは誰か? といえば、やはり、“いいね!”と共感しあえる、そこそこの主婦で形成されたコミュニティのメンバーなんですよ」
ただし、雑誌に掲載するのはメンバー間で「流行っているモノ」ではない。読者会員の登録情報を分析して、現時点での「マート」の世界観に一番近い生活をしているごく少数のメンバーを選び出し、彼女たちが強く推すものを取り上げるのだ。そのメンバーは常に入れ替わる。ここで誰を選ぶかが、大給氏ら編集者の腕の見せ所だ。
多くの企業が主婦向けの商品開発に苦戦する中で、「マート」は主婦たちの声を引き出すのが上手だ。コツは何か。
「自分はおじさんで何もわからない、という役割を引き受けて、教えを乞うスタンスで接することかな。すると彼女たちは、まったくもう、しょうがないわね、と丁寧に教えてくれるんです(笑)」
「消費者イノベーション」の理想型
●神戸大学大学院経営学研究科教授 小川 進
「Mart」はクックパッドと同様、コンテンツを出す人の目線が読者と非常に近い点に特徴がある。従来の女性雑誌のようにカリスマモデルが服の着こなしを見せるのではなく、隣の奥さんのような人が着こなして見せるため、読者が真似ても違和感がない。
カリスマ的な存在をつくらずとも、読者を充分引きつけられることを「Mart」は示している。むしろカリスマをつくらず読者の囲い込みもせず、誌面を淀んだ池ではなく流れる川にしていることがポイントであろう。これまでのメディアやブランドは、お客と一緒に年齢を重ねていくものが多かった。だが、「Mart」の取り組みはそれと逆行し、「去る者は追わず」という姿勢をとっている。