チンギス・ハーンの「失敗」
4.腹が立った時は、いかなる決断も行動もしないこと
モンゴル帝国を率いたチンギス・ハーン。ある日1人で狩りに出かけた彼は、途中で喉の渇きを覚えた。小川を求めて歩き回ると、岩地の間を流れる細い湧き水が目に入る。彼は腕に乗せていた鷹を下ろし、取り出した銀の器に水を注いだ。岩を伝う水流は糸のように細く、器が満たされるまでには、じれったいほど時間がかかった。ついに満たされた器を口に運ぼうとした矢先、鷹が器を跳ね飛ばし、水を地面にこぼしてしまった。
彼は腹が立ったものの、相手はお気に入りの鷹だ。鷹も喉が渇いていたのだろうと考え、改めて水をため始めた。しかし器に半分ほど水がたまったところで再び鷹が飛びかかってきた。とてつもなく喉が渇いていた彼は激怒し、引き抜いた剣を片手に再度水をため始めた。やがて器がいっぱいになり、それを口に運んだ瞬間、またしても鷹が飛びかかってきた。彼はとうとう堪忍袋の緒が切れて鷹をひと思いに斬ってしまった。
ところが、しばらくして水源を探しに岩の上に立った彼は、驚くべき光景を目撃する。猛毒を持つ蛇の死体が小池のような水源に落ちていたのだ。もし彼がその水を飲んでいたら、確実に命を落としていただろう。彼は死んだ鷹を胸に抱いて野営地へ戻ると、その鷹の置物を金で作るよう家来に命じ、片方の羽に次のような言葉を刻ませた。
「怒りに任せ行動すれば、失敗を招く」
腹立ち紛れに離婚する人、怒りに任せて人を殺す人…
これはパウロ・コエーリョの『賢人の視点』(飯島英治訳、サンマーク出版)に出てくる物語だ。鷹は主人の命を守るべく器に飛びかかっていたのだが、その事実を知らないチンギス・ハーンは腹を立てて鷹を殺してしまった。このように何かが起きた時、そこには避けられない事情やそれに相当する理由が隠れている場合がある。だが怒りは理性を麻痺させ、判断力を奪ってしまうものだ。そのため、ある人は腹立ち紛れに離婚して、怒りに任せて人を殺す。
したがって腹が立った時は、いかなる決断も行動もしないことだ。どんなに腹が立ったとしても、避けられない事情がなかったか確認するのが先決である。重要な決断は怒りが収まり、理性が回復したあとで下しても遅くない。哲学者バルタサル・グラシアンも言っている。「腹が立った時は何もするな。何をしても裏目に出るだろう」と。