なぜ日本人の賃金は上がらないのか。デロイトトーマツグループ執行役の松江英夫さんは「就業者1人当たりの労働生産性が低いからだ。これを上げるためには、日本特有の『タコつぼ化した組織』を壊し、新たな成長戦略を描く必要がある」という――。(第1回)

※本稿は、デロイトトーマツグループ『価値循環の成長戦略』(日経BP)の一部を再編集したものです。

東京タワーの見える東京の空撮
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです

「失われた30年」から脱却するために必要な力

今、世界の熱い視線が日本に注がれている。長期にわたって低迷してきた日本経済に、再成長の兆しが見えてきたためだ。海外投資家による日本株への投資が増加し、2024年の春闘では高水準の賃上げの実現に期待が集まった。

「賃上げ→消費拡大→物価上昇→企業の収益増加→さらなる賃上げ」という力強い「好循環」を生み出していくには、何にも増して、人々が物価上昇を上回るほど「稼げる」ようになるかどうかが問われてくる。

一人ひとりの稼ぐ力、いわば個の付加価値(1人当たりの付加価値)が高まることによってこそ、賃金と物価が安定的に上昇する「好循環」が本格的に回り始め、いよいよ「失われた30年」といわれる長期停滞から抜け出すシナリオが実現可能になる。

足元で動き始めた賃上げの動きを、一過性に終わらせずに“持続的”な賃上げにつなげるには、過去から続く長期停滞からの脱却というハードルを越えなければならない。

長年にわたって賃金が上昇しない原因

しかし、現実はそう簡単ではない。ここで日本の賃金の状況を振り返ってみよう。2023年の賃上げが「30年ぶり」と騒がれた通り、過去30年間、日本企業が雇用の維持を最優先した結果、賃金の伸びはほとんど見られずに他国に大きく水をあけられてきた(図表1)。いわば、日本の「一人負け」とも言えるような賃金上昇率の伸び悩みが続いてきたのだ。

では、長年にわたって賃金が上昇しない原因は何だったのか。

まず、そもそも賃金はどのようにして決まるのか。賃金を決定する要因は、端的には「付加価値」と「労働分配率」だ。

ここで言う付加価値とは、製品やサービスなどの売上金額から原材料費や外注費などを差し引いたものであり、付加価値のうち給料などとして働き手に分配された割合が労働分配率である。

つまり賃金は、「賃金=付加価値×労働分配率」で概算できる。仮に労働分配率が一定の場合、付加価値が高くなれば賃金は上がる。言い換えると、「1人当たり付加価値」を高めれば高めるほど、賃金上昇につながりやすいという構造である。

では日本において、働き手が生み出す1人当たり付加価値はどのように推移してきたのだろうか。