タクシー不足やバス路線廃止など、日本各地で公共交通が危機にある。どうすればいいのか。デロイトトーマツグループ執行役の松江英夫さんは「要因のひとつとして、交通事業者の組織が縦割りで、外部事業者との連携に後ろ向きなことがある。生活者目線をもって改革を進めていくことが必要だ」という――。(第2回)

※本稿は、デロイトトーマツグループ『価値循環の成長戦略』(日経BP)の一部を再編集したものです。

タクシー乗り場
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「地方の公共交通問題」が起きてしまう根本原因

日本が目指すべきは、高齢化や地方の人口減少などの社会課題が深刻化したとしても、モビリティーサービスを通じて幸せに暮らせる社会の実現だ。

地方における人口減少、高齢化は日本が先陣を切る形で進んでいるが、世界的な課題でもある。世界銀行によれば、世界の地方地域(郊外)の人口は、1960年の66%から都市化の進展により2022年には43%に縮小となっている。

高齢化も世界共通の傾向として見受けられる。海外でも人口が減少する地域では日本と同様に公共交通の破綻が相次ぎ、病院や公共機関など個人の生活に必須な機能へのアクセスも困難になることが想定される。

このような課題を乗り越える日本ならではのモビリティーデザインを確立できれば、そのハードやソフト、運用ノウハウなどをまとめて世界に輸出するチャンスも見えてくるだろう。

ものづくりとしての「自動車大国」から、人々の幸福を実現する「モビリティー大国」へ進化を目指すべきだ。

しかし、こうしたビジョンを実現するのは容易なことではない。現実を直視すると、乗り越えるべき高い壁があることが分かる。

要因① 「モノ偏重」から抜け出せない

「モノ偏重」とは、車の機能性やスペックなどばかり意識して「クルマ」を作ることに終始してしまい、エンドユーザーが享受するサービス体験からの満足を軽視してしまう、意識や思い込みの壁のことである。

自動車産業を中心とするものづくりの領域では、製品(モノ)の機能価値を追求する思考パターンが根強く、ユーザー目線で「体験価値」や「生活の質(QOL)向上」をデザインする必要性が叫ばれながらも、なかなか実現・定着していないのが実情だ。

その結果、モビリティーの性能・機能自体は優れたものが実現しながらも、地域では免許返納や地方交通機関の廃止・縮小などが進み、そこでの体験価値や生活の質が劣化する一方だ。内閣府によれば広義の「交通弱者・移動困難者」はすでに全国民の4分の1程度まで増加している。

自動車会社を中心としたモビリティー企業はこれまで、車体(ハードウエア)の価値を高める開発を中心に企業努力を重ねてきた。長く続いたガソリン車の時代には、グローバルの自動車メーカーが燃費の向上を競い合い、テレビCMで消費者に「ガソリン1リットル当たり○○km走行可能」など、こぞって燃費効率を訴えかけたのもこの意識の表れだ。

昨今過熱する電気自動車(EV)の開発競争においては、バッテリーの開発、航続距離の達成、インフラの開発などハードウエアを中心とした開発競争が話題、関心の中心となっている。

自動車の競争軸の根幹を機能開発に向ける「モノの偏重」の思考から抜け出し、ユーザーにとっての体験全体をデザインし、体験価値や生活の質を高める思考に変化できるかが重要である。