「許せない相手」を許すにはどうすればいいのか。カウンセラーの藤本梨恵子さんは「相手を負かせてやろうと躍起にならないことだ。繰り返し思い出すことで嫌な記憶が強化され、精神が消耗してしまう。これでは自分自身を幸せにすることができない」という――。

※本稿は、藤本梨恵子『いつもよりラクに生きられる50の習慣』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

「負けるものか」躍起になると嫌な記憶は強化される

他人を押さえつけている限り、自分もそこから動くことはできない
(ジョージ・ワシントン 初代アメリカ大統領)

ジョージ・ワシントンの肖像(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)
ジョージ・ワシントンの肖像(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

嫌な上司や同僚と仕事をしたり、苦手なお客様を接客することがありますよね。そんな人たちのことをふと思い出して、気分が滅入ることはありませんか? 嫌な思いをした相手のことは、忘れたくてもなかなか忘れられません。

Aさんは、過去に職場でパワハラ上司の部下になりました。

Aさんは、「やられっぱなしにはなるな!」と祖父に厳しく育てられたので、上司に高圧的に何か言われても、負けずに自分の意見を伝えていました。「あんなことを言われた。許せない……」と腹を立て、毎日のように上司と戦っていたのです。

Aさんはかなりのストレスを溜めていましたが、「ここで負けたら、今までの自分の努力が水の泡だ」「一矢報いるまでは、負けるものか」と頑張っていました。しかし、とうとうストレスがたたり、体調を崩して会社を退職しました。

相手を負かせてやろうと躍起になっていては、ストレスの元凶である相手と接点を持ち続け、嫌な記憶もさらに強化されてしまうのです。

英国の植民地だったアメリカの独立革命を勝利に導き、初代大統領となったジョージ・ワシントン。元軍人でもあった彼は、「他人を押さえつけている限り、自分もそこから動くことはできない」と言っています。

「怪物と戦うものは自らも怪物にならないように心せよ」

嫌な感情と記憶が結びついてしまう原因は、脳で隣り合う海馬と扁桃体が関係しています。

海馬は記憶を司り、扁桃体は不安や恐怖などを感じます。ストレスを受けると、海馬は働きが鈍くなり、現在と過去というタイムラインが曖昧になります。一方、扁桃体は活性化し、強い感情体験を今現在経験しているように感じます。だから、嫌な思いをした記憶は、過去のものであっても、今、ありありと経験しているかのように感じやすいのです。

また、ドイツの哲学者ニーチェは「怪物と戦うものは自らも怪物にならないように心せよ。君が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた君を見入るのである」と言っています。

相手が意地悪をしてくる場合、「次はこのように攻撃してくるだろう。だから自分はこう防衛しなくては」と考えます。これを繰り返しているうちに、自分も嫌なその相手に似てきてしまいます。

映画「ジョーカー」の主人公は心優しい青年でしたが、貧困、差別、失業、などの不幸が重なり不器用でうまく立ち回れず、孤立を深め、やがてそれが社会への恨みとなり、発狂し、巨悪な存在に変化を遂げてしまいます(作品によっても描かれ方は変わります)。

この映画に影響された一部の人が、ジョーカーの真似をし、アメリカでは銃の乱射事件、日本では放火事件を起こしています。