「日帰り登山→遭難」の男性を救った調味料
続いて同年5月、志賀高原の岩菅山では、59歳の単独行男性が17日間にわたって山中を彷徨するという事故が起きた。5月6日、男性は日帰りのつもりで一ノ瀬の登山口から入山したが、スタート時刻が11時30分と遅かったため、稜線上のノッキリに出た時点で登頂を諦め、寺小屋峰経由で東館山スキー場へ下りることにした。ところが、稜線がほとんど雪に埋もれていたことからルートを誤り、下山方向とは正反対の枝尾根に入り込んでしまった。
それから9日間にわたって幾度となく尾根と沢を行ったり来たりしたのち、魚野川の本流まで下りてきた14日以降は、ほとんど動かずに沢のほとりでじっと救助を待った。その間、自力で下山することも考えなかったわけでもなく、下流にあった滝に身を投じれば、運よく生きて下流まで流されるのではないかと考えたりもした。それを実行に移さなかったのは、まだ冷静さを保っていられたからだった。
奇跡が起きたのは、遭難して16日目の21日のこと。毎年その時期にその沢に入っている釣り人が沢を遡ってきて、偶然、男性を発見したのである。
男性の命を救ったのは、入山前にお土産用に買い求めていたワサビ入りマヨネーズだった。持っていた食料を遭難3日目に食べ尽くしたあとは、毎日少しずつマヨネーズを舐めて空腹をまぎらわせていた。たまたま持っていた高カロリー食品のおかげで、彼は生き延びることができたのだった。
道に迷って滝に飛び込む
この男性は、遭難中に滝から飛び降りることを思いとどまったが、生還するために逆に滝から飛び降りる決断をした遭難者もいる。同年8月、12日から15日の3泊4日の計画で南アルプスの荒川三山を訪れていた52歳の単独行男性は、13日に荒川小屋で幕営したのち、悪天候のため予定を切り上げ、大聖寺平から湯折に下山することにした。
しかし、広河原小屋に近づいてきたあたりで、雨水の流れる水路がルートのように見え、登山道を外れてそちらに踏み込んでいってしまった。途中で「あれ、おかしいな」とは思ったが、広河原小屋はすぐそこだろうから、「このまま下っちゃえ」と、強引に先へと進んだ。しばらく下っていくと、人の足跡が付いている沢に出たので、そのまま沢を下っていった。ところが、行き当たった滝を無理やり下ろうとして、とうとう途中で進退窮まってしまった。そのときに彼が下した決断は、滝を飛び降りることだった。
意を決して滝の上から飛び降り、思惑どおり体は滝壺の中にスポンとはまったかに思えた。だが、次の瞬間、左足に激しい痛みが走った。水中にあった岩に、左足の踵を打ちつけてしまったのだ。
なんとか岸に這い上がったが、左足が地面に触れると強烈な痛みが脳天を突き抜けた。折れているのは間違いなさそうで、この痛みがとれるまではどうにもならないと覚悟を決め、その日から救助を待つ日々が始まった。だが、1週間が経過して21日になっても、救助はやってこなかった。食料も2日前にすべてなくなっていた。このままここにいたのではもう発見されないだろうと思い、自力で脱出することを決意した。しかし、斜面を登り返していく途中で装備を滝の中に落としてしまい、万事休すとなった。
どうにかビバーク地点まで下りてきて、「これからどうしようか」と途方に暮れた。まさにちょうどそのとき、谷の下流から、突如としてヘリが姿を現した。目の高さと同じ位置にヘリが飛んでいて、パイロットの顔がはっきりと視認できた。そのパイロットと目が合い、初めて「ああ、助かったんだな」と実感した。男性のケガは左足踵の圧迫骨折と診断され、1カ月以上の入院生活を強いられることになった。