店に行けなくてもウェブショップで本を買える
ウェブショップを始めた動機も根っこは同じだ。ウェブショップの運営は手間がかかるが、粗利は店頭販売する本と変わらない。割の合わない仕事と言えなくもないが、だからやらないのではなく、それでも辻山は細々と始めてみた。
開店の半年後にウェブショップを始めたとき、辻山は4年後にコロナ禍の非常事態が世の中を覆うことなど予想もしていなかっただろう。ところがこの試みがのちにTitleを支えることになる。コロナ禍、日頃からTitleのツイートを見ていた人たちが、Titleのウェブショップで本を買い求める動きが生まれたのだ。
フロアの中央に配置された文庫本棚を端に寄せるとぽっかりとスペースが生まれる。コロナ禍以前は夜、ここで30人ほどのトークイベントを開いていた。2階のギャラリーでは写真展や作家展を行う。このような仕掛けによって、書店は本を媒介に人が集まる「場所」というメディアになる。
本屋を開くノウハウが記された一冊
開店からほどないある日、谷川俊太郎がふらりとやってきて、本を買い求めると、赤ワインを1杯飲んで帰った。その後、雑誌の特集で谷川はTitleを「ゆるやかに人をつなぐサロンになっていくだろう」と紹介したが、詩人の予言通りの場所になった。
辻山に『本屋、はじめました』の執筆を依頼した出版社苦楽堂の石井伸介は2001(平成13)年に出版されたノンフィクション『だれが「本」を殺すのか』(プレジデント社)の担当編集者だ。出版業界の売上が下降に転じた直後、ノンフィクション作家の佐野眞一は出版業界を川上の出版社から川下の書店まで横断的に取材し、なぜ本が売れなくなったのかをダイナミックに論じた。
ビジネス誌『プレジデント』の編集者だった石井は佐野の連載を担当し、単行本にまとめあげた。その後、石井はプレジデント社を退職して神戸でひとり出版社苦楽堂を興した。そしてリブロを退職する辻山に、本屋を始める詳細を書いてほしいと依頼した。
石井の要望に応えて辻山はリブロ時代の経験、店の場所を探した経緯、大家や取次との契約のやりとりまで記した。本の末尾には辻山がリブロを退職後に作成した事業計画書が添付されていて、それを見ると家賃や光熱費、人件費、年間売上までが公開されている。個人で書店を開こうという人にとって必要な情報は全て入っている。