書店の店主が考える「個人として生きる活路」

辻山は『本屋、はじめました』の最終章でこう書いている。

〈ほとんどの会社では、多くの仕事はマニュアル化して、誰にでもできるようなものを目指しているだろう。以前にいた会社でも、その仕事はほかの誰かに振ることができないのかとよく言われたものだが、本を扱う仕事は属人性が高く、個人の経験をみんなが使えるものとするのは難しかった。

だからこそ個人として生きる活路は、誰にでも簡単にはできない技術を高め、世間一般のシステムからは、外に抜け出すことにある。それには自らの本質に根ざした仕事を研ぎ澄ませるしかなく、それを徹底することで、一度消費されて終わりではない、息が長い仕事を続けていけるのだと思う〉

辻山の仕事観が凝縮されたこの文章を、私は繰り返し読んでいる。どの仕事にも通じる真理だと思うからだ。

コロナ禍の緊急事態宣言下、アマゾンではなくTitleを選んで本を買う人たちがいた。なぜ、人は本を買うときに「誰から買うか」を大切にするのだろう。

ショッピングカートに入った本
写真=iStock.com/Ekaterina Senyutina
※写真はイメージです

「根っこのあるものを根っこがあるように渡す」

「私がやりたかったのは、本を紹介して売るということ、それだけなんです。本を紹介するという目的が少しでもお客様に伝わるように、毎日、入荷した本をただ黙々と紹介してきました。そこでうちの姿勢を暗に感じ取っていただけたのかなと思います」

考えられるとすればこれまでの姿勢を評価してくださったのではないかと辻山は控えめに振り返った。

「商売として本のいい部分だけかすめ取って吹聴して売るのではなく、根っこのあるものを根っこがあるように渡すような思いで本を手渡してきたつもりです。そこを支持していただけたのかもしれません」

「根っこのあるものを根っこがあるように渡すとはどういうことでしょうか」

「一時的ではないということですね。時に耐えるような本というか、その場限りで1年後には忘れられてしまうようなものではなく、5年10年経っても読むに堪えるような本こそが読む人の滋養になっていくのではないでしょうか。その人が今泣きたいからこの本を読んで泣きました、終わり、というのではなく、その人の性質のある部分を形づくっていくような、そのときには気づかないかもしれないけれどもその人に沁み渡っていく、そういった本が根っこのある本だと思います」