12時開店、立て続けに客が訪れる
9時過ぎ、私は半分だけ上がったシャッターの下から頭をくぐらせて店内に入った。灯りのともらない店内はしんとしている。壁を隔てて外の喧騒が遠くになった。
辻山は取次から届いた箱を開くと、雑誌や単行本を所定の場所に配置し、床を掃いた。開店準備を済ませた店主に1時間ほどインタビューをした。11時半になると主はカウンターの中に入り、パソコンを起動し、メールをチェックした。
12時、店内の灯りを点け、シャッターが完全に上がった。
たて続けに数人の客があった。ワイシャツ姿の若い男性がレジで支払いを済ませ、明日から店、閉めますか、と辻山に尋ねた。上着も荷物も持っていない。近隣の企業で働いている人なのだろう。ためらいがちな口調は、初めて体験するウイルスの災禍によって見慣れた景色が変わることへの不安を感じさせた。
辻山がウェブショップで受けた注文の梱包にとりかかった。
これは今届いた注文ですけど、と見せてくれたのは次のようなラインナップだった。
『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』吉岡乾 創元社
『庭とエスキース』奥山淳志 みすず書房
『タマ、帰っておいで』横尾忠則 講談社
『13(サーティーン) ハンセン病療養所からの言葉』石井正則 トランスビュー
『本屋、はじめました』辻山良雄 ちくま文庫
個人が自らの手で制作した本や雑誌も紹介
注文票には東北のある町の住所が記されている。
「Titleは荻窪の街だけじゃなく、オンライン上にも存在していることを実感できます。この非常時に日本のあちこちから応援の気持ちで注文してくださっていると思うとうれしいです」
この6冊の本も、小岩のように梱包されて東北の町まで届けられるのだ。受け取った注文主があたたかい気持ちになる景色が目に浮かんだ。
張り出した青いテントとピカピカに磨かれた大きなガラス窓。住宅街の書店らしく、表には週刊誌や月刊誌、少年マンガ誌などが整然と飾られている。ガラスの扉を引いて中に入ると、目の前の「平台」と呼ばれる陳列台には文芸書や人文書の新刊が美しく積み上がり、右手の壁には建築、アート、写真関係の本が並ぶ。奥へ進むと哲学、思想、社会学、フェミニズムへとゆるやかに世界が広がっていく。
左手にはライフスタイル、絵本、リトルプレスのコーナーもある。リトルプレスとは、個人制作の少部数の本や雑誌を指す、ひとつのジャンルだ。多くはアーティストや作家が自身の世界を表現するために個人でつくっている。作家が自ら書店を訪れて店主に紹介し、取り扱いを交渉することもあるという。