既存のジャンルに当てはまらない本ほど面白い

ゆっくりとした口調とは裏腹に繰り出す言葉は手厳しい。

「本はね、やはり嗜好しこう品だと思います。嗜好品とは、必ずしもなくてもいいかもしれないものです。けれど、結局、その人をつくるのはその人の嗜好だと思います。自分の核になるのはそういうものだし、それがうまくいけば仕事になることもある。無駄万歳というか、嗜好万歳です」

辻山は出版業界のあり方についても疑問を投げかけた。

「出版社の編集会議で、よく『他社のあのベストセラーのような本を出そう』『あのヒット作の著者に書いてもらおう』という話になるそうです。同じような本を出せ、類書を出せというわけです。でも、そのやり方は嗜好品にあてはまるのだろうかと疑問に思います。嗜好品としての本の輝きを曇らせてしまうのではないか、縮小再生産にならないか。もし、それをわかっていてやっているのだとしたら、おかしな話ですよ。

「ベストセラー」と書かれた書店のポップ
写真=iStock.com/Rafal Olkis
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僕は同じような後追い本よりも、既存のジャンルに当てはまらない本ほど面白いと思います。新しいジャンルはジャンルの外側から生まれてくるんじゃないでしょうか。作家も枠にはまらない人に惹かれます」

ひとり出版社の本に輝きを感じる理由

そして坂口恭平の名前を挙げた。坂口は早稲田大学の建築学科を卒業後にモバイルハウスをテーマに『0円ハウス』(リトル・モア)を出版してから20年近く、小説、音楽、絵画など、表現のジャンルを拡張してきた。

「坂口さんは、作家なのかアーティストなのかわからない。でもどのジャンルで表現されても一貫して坂口さんの世界がある、それは坂口さんにしかない魅力だと思います。昨年(2020年)秋に出されたパステル画集『Pastel』(左右社)が評判になりましたね。でも、あれは坂口さんの描く絵に唯一無二の世界があったから売れたのであって、パステル画であればなんでもいいという話ではありません。

ところが今の出版社は、似たようなテイストのパステル画を描く人を探してきてパステル画集を出せないかと企画会議で相談したりするのではないでしょうか。あるいは坂口さんのパステル画集の初版部数や初速を調べてマーケティングのようなことをするのかもしれません。でも、この企画の肝は『パステル画』ではなく、『坂口恭平がなぜかパステル画の画集を出す』ところにあるはずです。マーケティングも必要なのかもしれませんが、そのあたりを履き違えている人が最近は多いんじゃないかなと思います。

それに対して、ひとり出版社が出す本にはほのかな輝きを感じます。それは、自分がやりたいと思った企画を自分で本にして、自分で売っているからです。それこそが出版や書店の原点だと思います」