走るためではなく、所有するためのクルマに
私はSF90 XXのベースモデルであるSF90 ストラダーレ(1000馬力)で全開加速を試みた際、そのあっけなさに拍子抜けした。クルマの安定性が信じられないほど向上しているため、1000馬力のパワーでフル加速を試みても、レールの上を走っているようになんの危険も感じない。もちろんほんの一瞬で制限速度に達したが、そこには恐怖は微塵もなく、ロマンもなかった。
しかしオーナーには、フェラーリの限定モデルをガレージに並べることの栄誉と、今後価格がどこまで上昇するかという大きな楽しみが待っている。スーパーカーのベクトルが変わったのである。
SF90 XXは、発表前に全車完売していた。国産スポーツカーは、公平を期して抽選販売になることが多いが、フェラーリ・ワールドは究極の不平等社会。SF90 XXを手にすることができるのは、これまで何台ものフェラーリを購入してきた熱心な顧客に限られる。その中からフェラーリ側が買い手を選び、「○○様のために、1台枠を取ってあります。いいがですか」とオファーするのである。そんな魅力的な誘いを断る者はあまりいない。
富裕層が集中する東京都心部でも、SF90 XXを路上で見かける機会はまずなさそうだ。それはもはや走るためではなく、所有するためのクルマだから。乗りもしない高価なクルマを、富裕層はなぜ買うのか。それはたぶん、乗りかかった船だからである。
「ニューモデルが出れば買い替えないわけにいかない」
ある富裕層はこう語った。
「最初に買ったフェラーリ(F355)は楽しかったです。あれが一番楽しかった。でも、ニューモデルが出ると、買い替えないわけにはいかないんですよ。旧型に乗り続けていると、仲間に『どうしたの?』って思われちゃいますから」
どうしたのとはつまり、事業が行き詰まったのとか、体の具合が悪いの、ということだ。
「今のフェラーリは、ターボ化されたりプラグインハイブリッドになったりして、ものすごく速くなったけれど、乗っても面白くなくなりました。だから乗らなくなりました。でも、ニューモデルが出れば買い替えないわけにいかないし、限定モデルのオファーが来れば当然買います。世界中に欲しい人がいるので絶対損はしませんし、持っているだけで満足感がありますからね。頑張っている自分へのご褒美です」