返品されたガム菓子の箱の中には…

その日、私はちょうど菓子の棚に入り込んだ小虫をハタキがけしているところだった。バイトの子がおびえた顔で「マネージャー、お客さまが……」と言ってきた。彼女の後方には、30代半ばの女性客が顔をゆがませて立っていた。

私を認めると、バイトの子を肩で押しのけて、「これっ!」と私の目の前にガム菓子の小箱を突き出す。通常、子どもが10円玉を握りしめて来店し1個ずつ買っていく商品だが、なかにはこうした「大人買い」もある。中身を少し取り除けて底が見える状態で突き出された小箱には、びっしりとユスリカの死骸があった。

私は動揺のあまりしどろもどろになる。なぜなら、その箱は、昨日の昼間、私が引っくり返し、小虫を残らずはたき出した箱だったからだ。昨日の昼からわずか1日のあいだに、こんなに大量に入り込んでいたとは……。

「返品(*6)するからお金返して! こんな汚い店で二度と買わないから!」密閉性の高い、今の住宅に住む人に、年中ドアが開いているコンビニの事情をご理解いただくのは無理だろう。頭を下げて詫びながら、私は泣きたくなってくる。

梅雨入りし、じめじめと暑い夜はクロバネキノコバエが大量発生する。ユスリカと同じく人害があるわけではないが、ユスリカよりひと回り大きく、黒く、かつ人なつこい。ユスリカよりも厄介なのは、叩くとプツリと白い体液を出して死ぬことだ。これが通路にびっしりと居座る。真っ白な床が真っ黒になる。比喩ではない。本当に真っ黒になるのだ。

(*6)返品 このときはお客から店への返品。店から業者への返品もある。おにぎりにラベルが付いていなかった。デザートの容器が破損していた。タバコの箱の角が潰れていたなどなど。昔は「返品伝票」という用紙があり、何が、いくつ、どうなっていたのか記入し、伝票の添付が必要で手間がかかった。今は検品時に使う器械でバーコード入力し、返品理由「破損」を選択し、送信すればOK、とかなり簡略化した。

深夜営業に対するオーナーの本音

ホウキで掃いても、モップで拭いても、掃除機で吸っても、キリがない。ぬぐった先から、空中を漂っていたクロバネキノコバエが、まるで椅子取りゲームで空いた席に座り込むかのように床に舞い降りる。5分もすると元の木阿弥になる。叩き潰せば、床にべっとりと白い粘液が残る。ため息しか出てこない。はぁ……。

「あんたたち、暗くてじめじめしたところで生まれたんでしょ。それなら、一生、そういうところにいなさい。なんでわざわざ明るくて涼しいところへ来たがるの⁉」そんな愚痴を言ってももちろん彼らに聞く耳はなし。汗まみれになって彼らの残留物をモップで掃除(*7)するしかない。まあ、生まれが暗いじめじめしたところなら、死ぬときくらい、日の目を見たいのは人情か。

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コンビニの深夜営業規制の声が上がっている。温暖化対策や青少年の非行防止につながるというのが理由である。温暖化対策はいざ知らず、後者についてはわが店は、この地域の防犯を担ってきたという自負がある。「非行の発生元」とそしられた時代から「あるから安心」と頼りにされる時代に変わってきたのは各コンビニオーナーたちの努力の成果だと思っている。それでも、声を大にして言いたい。「コンビニの深夜営業を規制して」と。

(*7)モップで掃除 モップやホウキはさすがにないが、店のバケツはオープン時から使っている30年モノだ。「このバケツ、オープンしたときから使ってるんだよ」と、入ったばかりの学生バイト君に話すと、彼は「僕の生まれる前から働いてる、大先輩っすね!」と真面目な顔でバケツに頭を下げた。