セブン‐イレブンがコンビニ業界でトップを走り続けられるのはなぜか。経営コンサルタントの石原尚幸さんは「POSシステムの活用で『売れない商品=死に筋』を把握する、顧客の潜在ニーズを掘り起こすといった独自戦略で売り上げを大きく伸ばした。その急成長を支えたもう一つの要素が、鈴木敏文氏の並外れた徹底力だ」という――。

消費者がモノを買わない時代に急成長

鈴木すずき敏文としふみ氏は日本に初めてコンビニを持ち込み、日本の小売業界に革命をもたらした実業家です。彼が仕掛けた戦略は世間をあっと驚かせるものばかりでした。鈴木氏の戦略を遂行し、セブン‐イレブンは急成長、業界のトップブランドとなりました。

鈴木敏文氏 鈴木氏、セブン設立50年
写真=共同通信社
2023年7月、インタビューに応じるセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文名誉顧問

セブン‐イレブンが急成長した時代は日本人が豊かになり、消費者がモノを買わなくなっていった時代です。大前研一氏の言う「低欲望社会」です。なぜ、セブン‐イレブンがそんな「モノ余りの低欲望社会」の中でも、消費者のニーズをつかみ、売れ続けることができたのか? その答えは鈴木敏文氏独特のビジネス観(ビジネスとの向き合い方)にあると筆者は考えています。

そこで今回は、鈴木敏文氏のビジネス観を紐解きながら、売れない時代に売れ続ける仕組みを作るために企業はどんな策を打っていけばよいのかをご一緒に考えてみましょう。

初出店後、わずか2年で100店舗に

1932年、長野県で生まれた鈴木敏文氏は、戦後の復興期に育ちました。彼は幼少期から勉強熱心で、中央大学経済学部に進学します。大学卒業後、東京出版販売(現・トーハン)に入社。ここで販売戦略とマーケティングの基本を学び、小売業の重要性を理解する機会を得ました。

イトーヨーカ堂に転職し、マーケティング部門の責任者として活躍した後、アメリカのセブン‐イレブン(当時はサウスランド社が運営)との提携により、セブン‐イレブン・ジャパン株式会社を設立しました。鈴木氏はこの新事業の責任者として、アメリカで成功していたセブン‐イレブンのコンビニエンスストアモデルを日本に導入する使命を担います。

そして、1974年、東京都江東区豊洲に日本初のセブン‐イレブン店舗をオープン。その後、わずか2年で出店数100店舗を達成し、現在は国内で20000店舗を超えています。

経営の鍵はPOSシステム(販売時点情報管理)に基づく「データベースマーケティング」です。これにより、単品管理が可能となり、効率的な在庫管理と顧客ニーズに応じた商品展開を実現しました。この鈴木氏の革新的なマーケティング戦略と徹底したデータ活用によりセブン‐イレブンは急成長していきました。

それでは、具体的にどんな策がセブン‐イレブンを成功に導いたのでしょうか?

ここでは3つの要因に焦点を絞って分析してみます。