規制関連の情報収集は企業にとって死活問題
しかし、中国はこの点でかなり難点を抱え、2000年代は新薬の承認申請から承認可否決定まで2~3年も要することはザラ(日米欧では通常1年程度)。中国側もこの部分は問題視していたようで、審査を担当する「医薬品評価センター」の審査担当者増員などにより、ここ数年は300日以下まで短縮している。
さらに2020年の改正薬品登録管理弁法では、承認申請から承認可否決定までの期間を原則200営業日以内と規定して一層の短縮を図っている。さらに最近では、治療上の価値や緊急性の高い新薬に対する優先審査制度を新設するなど、日米欧で標準的な審査制度・体制を急速に整えている。ただし、この変化はあり得ないほど性急な動きだ。
これらを総合すると、中国に拠点を置く海外の製薬企業の社員は、目まぐるしく変更される規制関連の情報収集に血眼になっていたはずだ。それを1日でも早く入手できるかどうかが、他社との競合も含めて事業遂行上の死活問題だからだ。とくに中国の場合、人口規模が大きいことをはじめ、製薬企業としては魅力が大きい市場でもある。
しかし、医療は国家の経済安全保障に密接に関わる分野だけに、こうした情報を中国側が「国家の安全と利益」に関わると考える可能性は十分にあるだろう。
反スパイ法に抵触しないためには
このアステラス製薬社員の拘束は単に日本の製薬企業の問題ではなく、中国に進出する全ての海外企業にとって看過できない問題だ。しかも反スパイ法改正で適用範囲は広がったことは確かで、中国国内での日常的な企業活動で「後出しじゃんけん」とされる危険性は高まったと言える。
今回の反スパイ法の改正について中国側は7月21日に日米欧の現地駐在企業団体などを集めて説明会を行ったが、そこではありきたりの条文説明に終始したと言われる。中国に進出する企業関係者にとっては、今後手探り状態で拡大したリスクと向き合わなければならない状態が続くだろう。
今回の法改正内容や前述の過去の事例を突き合せれば、最低限として
▽中国高官とは私的面会は避け、可能な限り全て公式面会にする
▽中国側の人間から不用意に文書を受け取らない
▽中国内外のデリケートなテーマは話題にしない
は今後の危機管理として最低限厳守すべきだろう。
また、日本国内などのビジネスの場では日常的である種の情報を相手にぶつけて反応をうかがうという行為は避ける、あるいは相当慎重に行う必要がある。