「臓器移植実態調査」という陰謀論的推論も

また、一部メディアでは、拘束理由について「中国の臓器移植事情を調査していたためでは?」との推測が報じられている。

中国では当局に拘束された反体制派から不当な移植用臓器摘出が行われているとの報道が以前からあり、なおかつ中国で販売されているアステラス製薬の主力製品が臓器移植後に使われる免疫抑制薬であるために出てきた見方だろう。

しかし、この免疫抑制薬は体重によって投与量が異なり、臓器移植後の経過時期や状態で投与量の調整が必要なもの。そのため販売量から使用実態、ひいては中国での不当な移植実態を正確に推定するのはかなり困難である。もちろんかなり荒っぽい概算なら可能だろう。とはいえ、この薬自体はすでに1999年から中国で発売されており、今さらそうした概算に基づく中国の臓器移植実態を分析することが、同社の業績に影響を与える可能性は低い。この推測は、やや口酸っぱく言えば、陰謀論の域を出ないものである。

こうした前提で拘束者の立場、中国の製薬関連事情、さらに前述の鈴木氏の事例などを踏まえた場合、拘束された理由として私が予想しているものは3つある。

考えられる拘束理由その1

中国共産党幹部の汚職などの巻き添えを食らった

第1は中国史上、異例の国家主席3期目に入った習近平氏の下で活発化している「汚職・腐敗撲滅運動」などで摘発された中国共産党幹部などの巻き添えを食らった可能性である。

習氏が推し進める汚職摘発の強化は、政敵排除とともに民意表明の機会なき国での大衆のガス抜きという2つの手段を有する、権力基盤の源ともいえるものだ。中国共産党の中央規律検査委員会が昨年10月明らかにした習指導部発足以来の汚職摘発実績は、10年間で約464万人にものぼる。総人口約14億1200万人の中国で、共産党員は国民の14人に1人未満の約9671万人であり、摘発者はその約5%となる。日本人向けの例えをすると、摘発者数は日本最大の政令指定都市・横浜市の人口(約377万人)をしのぐ規模だ。

はためく五星紅旗
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しかも、数だけでなく、その中身も容赦がない。摘発者の中には、同国の事実上の国権最高機関で、構成員は暗黙の不逮捕特権を有すると言われた中国共産党中央政治局常務委員会(通称:チャイナ・セブン)のメンバーだった周永康氏(裁判で無期懲役が確定)など高位の者も含まれている。

今回拘束された社員は、中国高官ともかなり頻繁に接触していたと言われている。こうした立場にいると、親密度の高い相手が汚職で摘発された場合、余罪追及に向けて周辺人物に身柄拘束が及ぶことは珍しくない。実は前述の鈴木氏が北朝鮮について軽いやり取りをした高官が別容疑で逮捕されており、そうした疑いがあると言えるかもしれない。