金銭的に余裕がないと思考力が低下する

貧乏人は困窮すると知性が鈍る──そんなデータが発表されて話題を呼んでいます。『サイエンス』誌に、ハーバード大学のムライナタン博士とシャフィア博士が率いる研究チームが発表した論文(*2)です。

貧困層の特徴を調査したデータは少なくありません。たとえば低所得者は、健康への意識が低い、遅刻が多い、約束を守らない、金銭管理能力が低い──という統計データが出ています。もちろん例外は少なくありませんが、全体的にそうした傾向があるという指摘がなされています。

しかしこれだけでは、貧乏だからモラルが低いのか、人間性に欠陥があるから貧困に窮してしまったのかがわかりません。今回発表された研究成果は、この因果関係に切り込んだものです。

たとえば、車の修理で急に15万円が必要になったとします。そんな状況下でパズルを解いてもらうと、低所得者は成績が50%以上も悪化することがわかりました。映像を瞬時に判断するテストも同様に悪化しました。修理費が1万円だった場合には成績は低下しませんでした。

これらのテストは金銭とは無関係です。にもかかわらず影響が現れるという点が重要です。なお、高所得者は修理費いかんにかかわらず常に成績は安定していました。博士らは「低所得者は知能が低いのではなく、出費がかさむ状況では思考のリソースが奪われ、その結果として冷静さを失してしまう」と説明しています。

なんとも身もふたもないデータですが、日本には「貧すれば鈍する」「備えあれば憂いなし」ということわざがあります。なるほど、脳とはそんなものかもしれません。

(*2)Mani, Zhao(Science 2013). Poverty impedes cognitive function

「ゲーム障害」は“病気”だと認定されたが…

TVゲームやSNSなどのデジタル技術は脳にとって悪影響でしょうか。

写真=iStock.com/MarsYu
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ゲームで遊ぶことで認知能力が高まるとするデータもあれば、SNSが台頭したここ10年で若者のうつ傾向が強まったことを示すデータもあり、専門家の間でも統一的な見解は得られていません。『ネイチャー』誌の論説(*3)でも、オレゴン大学のニック・アレン博士が「デジタル技術の是非を問うのは、車が運転者を事故死させうるかを問うのに似ている」と問題設定の不備を指摘しています。

なかなか結論の出ない混沌こんとんとした議論を眺めるにつけ、私は、心配するほどひどい悪影響はないだろうと判断しています。この判断は私自身がゲームと共に育った世代であり、おそらくは一種の自己弁護でもあります。

(*3)Haidt, Allen(Nature 2020). Scrutinizing the effects of digital technology on mental health