※本稿は、池谷裕二『脳は意外とタフである』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
上流階級の人のほうが非道徳的態度を取るようになる
「金持ちが神の国に入るのはなんと難しいことか。ラクダが針の穴を通る方が易しい」というキリストの言葉が聖書にあります(ルカ福音書18章)。「金持ち=悪」という図式はあまりに単純に思えますが、実際、カリフォルニア大学のピフ博士らは、上流階級はモラルが低いという事実を、七つの実験から証明しました(*1)。いくつか紹介しましょう。
まず運転マナー。博士らは、車を高級車から大衆車まで五つに分類し、階級別に交通マナーをモニターしました。すると、横断歩道で手を上げている歩行者を待たずに通過してしまう確率は平均35%のところ、高級車は47%でした。交差点で割り込む率も平均12%のところ、高級車は30%でした。
次にピフ博士らは、ボランティア参加者に人事面接官として就職希望者と交渉しながら採用者の給料を決めてもらう実験を行いました。志願者は長期的で安定な職を求めていますが、今回の採用ポジションは近々廃止予定です。こうしたケースでは、下流階層の人ほど不都合な事実を素直に告げて志願者と交渉する傾向が強かったのですが、社会的ステータスの高い人は事実を隠して交渉を進めることがわかりました。
ピフ博士らの報告書には、こうした興味深い調査データが並んでいますが、最後の実験がもっとも象徴的です。「自分は社会的地位が高い」と思って行動をしてもらうと、下流階級の人でも貪欲さが増し、非道徳的な態度になりました。つまり、モラルの低さは生まれつきではなく、地位が作ったものであることがわかります。さらに「金欲は悪でない」と説明して実験を行うと、下流階級者の尊大ぶりは、現実の上流階級よりもひどいものになりました。
実るほど頭を垂れる稲穂かな──日本にはよい格言があるものです。
(*1)Piff, Keltner(Proc Natl Acad Sci USA 2012). Higher social class predicts increased unethical behavior