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1人のリーダーが“正解”を押し付けるのは健全な民主主義ではない

マクロン大統領の年金改革案には、僕も賛成です。従来の年金制度は持続可能ではありませんし、労働生産性向上の観点でも必要な判断だったと思います。日本でも現在、年金支給開始年齢は65歳ですが、将来的には70歳へ引き上げることも必要だと僕は考えています。マクロン大統領は“正解”を導き出し、実行したと言えるでしょう。

ただし、そのやり方がまずかった。いくら正解でも、人々の“納得感”が得られないまま強硬に進めれば、人心は離れます。特にバカンスや定年後の生活を心待ちにしているといわれるフランス国民にとって、年金の受給開始が遅くなり、しかも納付期間は延びるという事態は耐え難いことでしょう。全力で阻止したくなる気持ちもわかります。加えてその決断が、“ザ・エリート大統領”の独断で決められたと感じてしまっては……。

マクロン大統領は学者と医師を両親に持ち、自らも高級官僚養成コースであるパリ政治学院と国立行政学院(ENA)を卒業した超エリートです。財政監察官から投資銀行家という順調なキャリアを経て、39歳の若さで大統領に当選しました。そんな彼に反発心を抱く国民は少なくありません。

2018年に軽油・ガソリンなど燃料税の引き上げを発表した際も、反対派による「黄色いベスト運動」がフランス全土に広まりました。日本ではあまり報道されなかった暴動派と鎮圧する警察との激しいぶつかり合いは、さながらフランス革命のようでした。政策決定も、下手をすれば「エリート(貴族)階級」対「一般市民」という革命の構図に発展しがちなフランスでは、だからこそ、決定に至る「プロセス」には、細心の注意を払うべきだったのです。

写真=iStock.com/ChiccoDodiFC
※写真はイメージです

ところが今回、マクロン大統領はその真逆を行きました。年金改革法案自体は元老院(上院)を無事通過したものの、国民議会(下院)では支持が得られず膠着状態に。しかし、そこで言葉を尽くして国民に訴え、議会の多数の同意を得るという道を彼は取らず、憲法上の強権発動(憲法49条3項)を強行したのです。法案を議会投票にかけることなく、政府責任で採択できる奥の手を選んでしまった。

たしかにこの方法は憲法上認められている手段です。この道を選べば時間も短縮でき、無用の(と彼が思ったかどうかは知りませんが)議論も不要です。でも、この選択はすべきではありませんでした。このことで国民は納得するどころか、多くの人の感情を逆なでし、火に油を注ぐ結果となってしまいました。