こんなに楽しい世界があるのか
こうして皐月は、大学1年生の秋頃から、ホストへの道を歩み始めた。当然、皐月にとって未知の世界である。テレビで見たことはあるけれど、業界のことはよくわからなかった。
はじめは、単なる好奇心で歌舞伎町に足を運んだ。女性を口車に乗せて貢がせるのがホスト。そんなイメージが、皐月にもないわけではなかった。だが、実際のところは見てみなければ、わからない。
アルバイト初日。キラキラした店内。ノリノリの曲と、女の子たちの笑い声。そして、そこにいるホストたちはカッコ良く、輝いていた。
19歳の皐月にとっては20代半ばくらいのホストたちは大人に見えた。こんなに楽しい世界があるのか。皐月はその日からこの世界のとりこになった。
皐月のホストとしての人生は、最初から順風満帆なものではなかった。新人の頃は月収6万円の寮生活。食事はもっぱら、誰かにごちそうになる。服も先輩にもらう。
そうしないと、生活すら成り立たなかった。ホストになって1年ほどは、そうした生活が続いたという。
それでも、皐月はホストという仕事が楽しくてしかたがなかった。夢中になれるものが見つかったことで、大学への熱が冷めてしまった。
そして、大学は1年で中退をすることになる。休学として籍を残しておくこともできたが、逃げ道を残しておくことに嫌悪感を抱き、退学を決意した。
今を精一杯生きる
皐月にとって大きな転機がある。
24歳の頃、親友が亡くなった。高校時代から同じく医師を志し、彼は研修医として走り出した頃だった。
死因が明確にされることはなかったが、恐らくは自殺であろうと皐月は思っている。
亡くなった親友はこれまで、あらゆることを犠牲にして勉強を頑張っていた。
未来のために今を我慢して頑張って、夢であった医師にもなれたのに、いざその未来が訪れたときになって、なぜ死を選択することになったのか。
その答えはわからないが、このとき以降、皐月はそれまで以上に「今」を意識することになった。
未来のために惜しみない努力をすることを得意とする皐月にとって、「今」を優先する、ということが大きな転換となる。
堀江貴文氏の言葉「過去にとらわれず、未来を恐れず、全力で今を生きる」という言葉に支えられていた、という。
目の前にいる人と、今という時間を、大切にしなければならない。ホストである自分の役割は、自分と自分の周りの人を精一杯楽しませること。それが自分にできる最大の貢献だと思った。
今を精一杯生きる、ということは目先の快楽に身を任せるということとは意味が違う。
だから、皐月は業務の改善、より良いサービス提供のために、常に新しいことにチャレンジしたいという欲求がある。
前進し続けることが彼自身の自尊心を満たし、自分の存在価値を高めると考えているのだろう。