1口10万円を分け合う「クラウドファンディングタワー」

その1つの例が、「クラウドファンディングタワー」という試みだ。接待飲食業ではおそらく初めてだろう。皐月は、自身の誕生日に200万円のシャンパンタワーを入れた。

通常、シャンパンタワーは一人の客が入れるものだが、それを一口10万円にして、何人かで分けて入れる。

一人ではシャンパンタワーの費用を出せないお客様にも、クラウドファンディング形式にすることで、その喜びや楽しさを味わってもらいたい。そんなふうに考えた。

しかし、「前例がないし、ありえないから、無理」。アイデアを相談したときに、同僚たちには、そう言われていた。

通常ホストクラブでは、客同士がライバルとして認識し合うため、協力し合ったり、一緒に楽しむようなことはありえないからだ。

しかし、こんな常識を超越し、SNSを通じて購入者は大勢集まった。

日頃から、目の前の女性の人間性を深く理解し、受け入れようとする接客姿勢を貫いていたからこそ、彼がこの「クラウドファンディングタワー」でお客様を喜ばせようとしているということを理解してもらえたのだろう。

当日は複数のお客様がタワーの周りに集まった。ライブ配信で閲覧する方もいた。お客様同士が乾杯している様子に、皐月は心が震えたという。

誕生日に実現させた、一口10万円のクラウドファンディングタワー。
誕生日に実現させた、一口10万円のクラウドファンディングタワー。

居心地の良い環境だからこそ、「やめなければ始まらない」

私から見た皐月は、優しくて平和主義。協調性があり、学習意欲が高い。

人の役に立ちたいという想いが強く、繊細で、ポジティブ――あるいは物事をポジティブに考えようと努めているように見える。

甲賀香織『日本水商売協会 コロナ禍の「夜の街」を支えて』(筑摩書房)
甲賀香織『日本水商売協会 コロナ禍の「夜の街」を支えて』(筑摩書房)

そして、皐月は2021年12月、10年働いたホストの仕事を辞めることにしたようだ。

10年目の誕生日イベントが終わった後、自分の世界を広げるために20日間のアメリカ横断の一人旅をし、そこで決意したという。

最低限の資金で済ませるために、移動手段はもっぱら地元の人が使うバス。特に治安の悪い地域のバス移動は危険なため、はじめはドキドキした。

それでも毎日のようにそのような場所にいると、段々慣れてきて、ストレスなく過ごせるようになったという。それが自分の人生と重なった。

登校拒否もそう、ホストとしての生活もそう、慣れてくるのだ。慣れは、良い面と悪い面とを併せ持つ。気心の知れた居心地の良い仲間の中では、これ以上の自分を見いだせないと考えた。

それは、10年、がむしゃらに働いたからこその決断だろうと思う。10年を区切りとして、新しい世界に飛び込むべきだと考えたのだ。

次なる挑戦は起業だ。日本に帰国する頃には、没頭しやすい性格の彼の頭の中は、起業に向けてのワクワクでいっぱいになっていた。

彼の未知なる世界への好奇心や探求心は、勉強を頑張っていた学生時代のそれと何も変わらない。

ただ、彼の価値観の中で、常識や世間体という判断基準が重要視されていないだけであって、いつまでも、純粋で一生懸命なままだ。

ホストの仲間との毎日を通して、マズローの欲求5段階説でいう、承認欲求は満たされた。次は、自己実現欲求だ。

居心地の良い環境だからこそ、「やめなければ始まらない」と彼は言う。

そんな皐月の唯一のコンプレックスは、「やりきる力」であるという。

大学も、ホストも、やりきれていないということを後ろめたく感じている。だからこそ、辞めるという決断は軽く考えているわけではない。

「やりきらないと。やりきらないと」

皐月は自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。

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