妻に先立たれて「ただ歩く」ことの意味

NHKで「ほんたうに俺でよかつたのか」というドキュメンタリーを見ました。

ノーベル賞をとってもおかしくない業績をもつ生物学者で有名な歌人でもある74歳の永田和宏さんが、妻で同じく有名歌人の河野裕子さんを64歳で亡くした喪失感から立ち直ろうとしている姿が描かれていました。

永田さんは妻が亡くなったあとの遺品整理で、妻が独身のときに書いていた日記を見つけました。何年かは読むのをはばかっていたそうですが、2019年に日記を読んでみると、河野さんが永田さんともうひとりの男性との間で揺れている心情がつづられていました。

ドキュメンタリーの中で、永田さんは東海道を歩いています。いっきには歩けませんから、時間を見つけては続きを歩き、3年越しで京都から日本橋まで歩いたそうです。

番組スタッフに「なぜ歩くのですか?」と聞かれて、「達成感がある」と答えます。

永田さんは現役で研究所に勤務しています。短歌の世界でも認められて歌集も出しています。私から見ても「達成感を持てることはいっぱいあるではないか」と思います。

それでも歩くのです。歩きながら歌を考えるとかアイデアを考えるわけではなく、無心に歩くのです。「歩きとおすのが目的」と言って、デイパックを背負い歩きます。

歩くことは永田さんの修行なのかもしれません。妻に精神的に依存していた自分がひとりで歩いていくための道程です。

写真=iStock.com/Photodjo
※写真はイメージです

家事もほとんどやらなかったみたいです。生卵も割れなかったと言っています。いまは、味噌汁をつくり、洗濯を自分でします。ひとつひとつ家事を覚えていく男性の姿がありました。

永田さんはお子さんにも恵まれています。子どもたちも歌人となっているので、コミュニケーションも多いでしょう。

でも子どもは子ども、親の老いと喪失感は子どもの世代には通じないものです。

東海道を歩きとおして、「つぎは中山道を歩くかな」と言っていました。

永田さんほど恵まれた才能がなくても、歩くことはみなさんにもできます。

自分の精神安定に必要なものを考えていきましょう。

女性も夫が亡くなって落ち込んで気力がわかないという方もいます。ひとりでは家事をする気にもならないと聞くこともあります。

老いてもなお精神的にタフであれとは厳しいかもしれませんが、私自身も老後を考えると、自分の尊厳と自由を守るためにもタフでありたいと思っています。

「これをやると元気になる」行動をリストアップ

歌人の永田和宏さんが歩くことで達成感を得られたように、みなさんも自分が元気になる行動を持っておくことをおすすめします。

精神障害を持つ人たちに「WRAP(ラップ)」という活動があります。Wellness(元気)、Recovery(回復)、Action(行動)、Plan(プラン)の頭文字を取ったもので、日本では「元気回復プラン」といわれています。

精神障害という病気の場合、しばしば気分の波が大きくなったり小さくなったりします。それにとらわれ過ぎると病気が再発してしまいます。

そこで、気分を立て直すために、自分の元気がなくなったときはこんなことをすればいいと、自分のプランを持っておくといいという提案が「WRAP」にあります。

精神の病気を持っていなくても、私たちは日々、落ち込んだり盛り上がったりします。

しかし、だいたいが落ち込みの原因がわかっていたりするものです。それを予防し、精神的にタフになる日課や、落ち込んだときに「これをやると元気になる」行動を自分でリストアップしておきましょう。

精神的にタフになるためには、普段の生活では得られない達成感を持てるものを探してみましょう。

一千枚の写経を目標にして毎日一枚書いている方もいれば、英語の勉強を始めて英検の試験を受けた方や、木を植え始めた方もいます。登山も達成感が得られる行動です。

でも、「日々の落ち込み」にあなたはどうしていますか。

あなたの落ち込み解決お宝箱には、どんなものが入っているでしょうか。