「死刑囚に恐怖やストレスが加わるほうが歓迎」

勇一によると、彼と母親の武子は顔も性格も瓜二つで、思いつきで話をするタイプだが、重雄と麻奈美は、その反対で、性格も穏やかだという。とりわけ、息子の母親に対する強い愛情が、私にはひしひしと伝わってきた。

武子は、亡くなる直前まで、息子の結婚式を楽しみにしていたという。両家の顔合わせも、事件直後に予定されていたようなのだ。しかし、勇一は、5年間も妻に我慢してもらわざるを得なかった。式を挙げるつもりはなかったが、マスコミが騒ぎ立てるという心配もあった。現在は、4歳の娘がいるという。

西口の死刑が確定し、絞首刑が避けられない状況となった現在、気持ちの変化はあるのか訊いてみた。事件から10年が経過している。重雄も、珍しく厳しい物言いをした。

「いつ死刑の順番が回ってくるか分からず、死刑囚は(刑務官の)靴音の恐怖があると聞きます。そういう恐怖を与えてやるほうが、遺族としてはまだ納得できますね。ちょっとでも相手にストレスが加わっているほうが歓迎です」

ゆったりと腰掛けたままの重雄は、「歓迎」という言葉を強調した。さらに、こんなことも言った。

「日本から死刑制度がなくならないことを望んでいます」

「私は、事件が起きてから、死刑廃止論者の本もたくさん読みました。それも一理あるとは思うのですが、ほんならあんたの家族が同じことになっても、同じことを言えるんかい、と。それが私の本心ですよね。だからこの国から死刑制度がなくならないことを、ずっと望んでいます」

私が眺めている限り、重雄は物腰が柔らかく、口調も丁寧で穏やかではあるが、語る言葉の一言一言が厳格だった。

会話には終始、西口に対する怒りと不満が籠められていた。顔に出さなくとも、重雄の感情も息子の感情と一致している。ただ、勇一は時々、「あくまでも遺族としての感情ですが」という表現を使っていた。それは、医療関係者としての感情とは異なるという意味だった。

「本来、医療者なら、拘置所から連れてこられた人間でも治療しなくてはならんのです。昔、病院で働いていた時に、ある先生が言ったんですが、どんな人間でも関係なく、命は命だと。なるほどな、と思いましたよ。医療人の端くれとしては、命の重要性は分かっているつもりです。今までの私の言動の数々も、その意味では不適切なんでしょうね」

だが、それとこれとは話が別だとでも言うような顔で、彼は続ける。

「そのことと家族を奪われたということは、論理的には説明ができないですよね。感情と論理は別腹ですから。もう解決し得ない話です。感情というのは、どうしようもないんです。これはもう平行線ですよ。どっちに重きを置くか。ウチでいうたら、どっちの経験をしたかということになるんです」