エラーを価値創造の機会として活用
経営学や経済学では、起業家とはイノベーションや事業のスケールアップの担い手を指す。バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシー教授は、優れた起業家は想定外の事態との遭遇というエラーを、誤りやミスと受け止めるだけではなく、価値創造のための機会として活用すると指摘している。起業家として熟達するためには、「狙って」「撃つ」だけではなく、「撃って」から「狙う」行動を大切にする必要があるというのである(サラス・サラスパシー『エフェクチュエーション』碩学舎、2015年、pp.117-119)。
では、なぜ優れた起業家は偶然をテコとして活用し、事業を劇的に再編することができるのだろうか。アクサスの事例を振りかえると、行政処分を受ける以前に理念とビジョンを確立していたことが重要な役割を果たしている。近視眼的に営業成果を達成することだけにとらわれず、理念とビジョンを定め、そのもとでの経営のあり方に備えていたことが、想定外の事態との出会いの活用を支えたのである。
第一に理念やビジョンがなければ、アクサスでは人材の流出に歯止めがきかなくなっていた可能性が高い。また事業の将来見通しが揺らぐなか、理念やビジョンの共有がなければ、組織の成員に継続的な努力の投入をうながすことは難しかったと思われる。
第二にアクサスでは、新たに定めた理念やビジョンの下で自社の事業のあり方を中長期的に再検討するなかで、行政処分に先立って労働者派遣事業の可能性を認識していた。だからこそアクサスは、躊躇していた事業の転換に踏み出す契機として、行政処分を受け止めることができた。理念やビジョンという質的で抽象度の高いステートメントに向き合うことが、経営の危機における転ばぬ先のつえとなっていたのである。