「もう生きていたくない」と考える高齢者は少なくない

さらに私自身も、診療で多くの高齢者に接していて気になることがあります。それはこの数年、医師である私に向かって、「もう生きていたくない」「死んでしまいたい」といった言葉を繰り返し訴える人が増えていることです。

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年齢でいうと、80歳を超える頃からこうした発言が出始め、85歳を超えるとますます死を願う言葉が多くなる、という印象です。これは少し前の高齢世代の方々には、あまり見られなかったことです。家族や介護スタッフ、看護師らに愚痴なのか本音なのか、死にたいとこぼす高齢者は以前からたくさんいたと思いますが、少なくとも病気を治す専門家である医師に対してそのような発言をする人はあまりいませんでした。

それも病気で寝たきり生活が続いているとか、認知症で生活の困難が増えている、といった人に限りません。大きな病気もなく自立した生活を送っている人や家族と同居して十分な介護を受けている人でも、「これ以上の長生きは望まない」といった心の内を漏らす人が少なくないのです。

当初、高齢者たちからそういう言葉を聞くと私もなんと答えてよいかわからず、戸惑ったものです。仕方なく「そんな寂しいこと言わないでください」「お孫さんが大学に入るまで頑張りましょう」と励ましの言葉をかけていましたが、次第に今の日本には、何か超高齢世代が生きにくいと感じる要因があるのではないか、と考えるようになりました。そして今は「死にたい」と思ってしまう高齢者の心情や背景について、もっと社会が目を向け、早急に対策を考えなければならないと危機感を抱いています。

そこで80~90代の高齢者の実情を知っていただくためにも、私が出会ってきた実際の患者さんたちの事例を、紹介したいと思います。

海外旅行に行くほど元気だった80代女性の弱音

Tさんは87歳の一人暮らしの女性です。これまでに入院したのは白内障の手術のときだけという健康体で、80代後半という高齢にもかかわらず今も家事も身の回りのこともすべて自分で行う、完全自立の生活をしています。

Tさんは長年老舗の商店を営んでいたため、地域の商店街に友人・知人も多く、友人と頻繁に旅行などに出かけ、交流を楽しんでいます。また自動車で15分ほどの距離には息子さん一家が住んでいて、お互いによく行き来をしているそうです。息子さんが結婚してからはお嫁さんの勧めで、年に一度、海外旅行にも出かけるというアクティブな暮らしぶりです。

そんなTさんですが、数年前から外来で当院に来られると、「生きていくのが大変」「死んじゃったほうがマシ」といった言葉が増え始め、私も「あれっ?」と思うようになりました。

定期健診では血液検査などの数値に異常がないため、「すばらしい、お元気ですね」と声をおかけしていましたが、Tさんは自分の健康を素直に喜ぶ気持ちになれないのか渋い顔をしていることが何度もありました。