家族の看取りに際して後悔しないためにどんな準備ができるだろうか。内科医の名取宏さんは「老衰による死は、ご家族にとって突然に思えることが多い。だから心の準備をするために、どのような経過をたどるのか知っておいてほしい」という――。
介護するスタッフと老人
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高齢化でかえって忘れられがちな老衰死

親世代のお看取りは、他人事ではありません。私個人にとっても、です。義父は老衰ではなく病気でしたが、自宅で看取りました。本人の希望で点滴もせず、経口摂取できなくなって数日で亡くなりました。義父本人も義理の息子(私)も医師で、どういう経過をたどるかわかっていたためスムーズにいきましたが、そうではない場合は家族が慌ててしまうことが多いでしょう。

ご存じの通り、今、日本はますますの超高齢化社会になっています。2020年(令和2年)の平均寿命は、女性が87.71歳、男性は81.56歳。2019年(令和元年)の平均寿命を女性は0.26年、男性は0.15年も上回っていて、今後ますます寿命が延びることが予想されています。高齢者である65歳以上の割合は、すでに28.9%です(※1)

少子化なのは問題ですが、平均寿命と同時に健康寿命も延びていますから良いことですね。元気な高齢者が多いので、永遠に生きられるような気がするほどです。しかし実際はそうではなく、平均寿命はあくまで平均。そして誰もが老衰からは逃れられず、いつかは亡くなる時がくるのです。ですから「そんなの知らなかった」なんてことがないよう、これから親世代を見送る人たちに、老衰死の経過を知っておいてほしいと思います。

【図表1】平均寿命の推移と将来推計
出所=内閣府「令和4年版高齢社会白書

※1 内閣府「令和4年版高齢社会白書

高齢者の体調は「低空飛行中の飛行機」

私が勤務している病院はいわゆる慢性期病院で、入院患者さんのほとんどが高齢者です。90歳台は珍しくなく、100歳を超える患者さんもいらっしゃいます。高齢ですから、治療のかいなく亡くなることもよくあります。死亡診断書に記載する直接死因は「誤嚥ごえん性肺炎」や「心不全」などの病名がつくこともありますが、その背景には老衰があります。

何らかの病気ならば、適切に治療しても治らないことがあるものの、もちろん治ることもあります。一方で、老衰はどんな名医も治せません。医師にできることは、苦痛を和らげて、穏やかな最期を迎えていただくお手伝いをすることくらいです。ご家族の反応はさまざまで、医療従事者からみれば平均的な経過でも「こんなに急に悪くなるとは思わなかった」と言われることがよくあります。ごくまれに「病院に入院した以上は、必ず回復すると思っていた」とおっしゃるご家族も……。

そんな時に私がご家族への説明でよく使うたとえは「いつ墜落するかわからない低空飛行中の飛行機」です。何もなければ低空ながらずっと飛んでいられるように見えますが、食欲低下などの何らかの問題があれば急に墜落する恐れがあります。それが老衰というものなのです。