胃瘻栄養を行わなければ点滴を行う

とはいえ、胃瘻栄養を悪と見なすのも一方的すぎます。「胃瘻を造って長生きしたい」と考える患者さんの価値観も尊重されるべきです。ただし、患者さんの価値観や死生観を確認しないまま、漫然と胃瘻栄養を開始するのはよくありません。

最近は、日本でも胃瘻栄養を行うことは減りました。胃瘻を造る手術には、ご本人やご家族の同意が必要です。本来、治療方針はご本人が決めるべきですが、その意思確認が不可能な場合は、胃瘻栄養の利点や欠点や代替案について説明した上でご家族に選択していただきます。胃瘻栄養を行わない場合、末梢まっしょう点滴をすることがほとんどですが、十分なカロリーは入りませんから、患者さんは数週間から数カ月で亡くなります。

カロリーだけを考えればブドウ糖濃度の高い点滴を多めに入れたほうがいいのですが、濃い点滴は静脈炎を起こしやすく、水分を多く入れると体がむくみます。点滴は血液と同じ濃さ(等浸透圧)のものを選び、徐々に量を減らします。等浸透圧の輸液を少量行うのなら静脈注射ではなく皮下注射も可能です。血管が細い患者さんに静脈注射を試みると、何度も血管を刺されることになりやすいですが、皮下注射ならそんなことはなくなります。

ベッドで点滴につながれた老人の手を握る近親者
写真=iStock.com/Goodboy Picture Company
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人工呼吸や胸骨圧迫を行うかどうか

呼吸や心臓が止まったときの対応も、ご家族に選んでいただくことがあります。もともと元気な若い患者さんが心肺停止した場合の対応は迷いません。意思を確認するまでもなく、速やかに人工呼吸や胸骨圧迫(心臓マッサージ)を開始します。

ですが、老衰死が予測される患者さんに対しては心肺蘇生をせず、そのまま看取ることも多いのです。当院で老衰死が予想される入院患者さんに対しては、原則として前もってご家族と話し合い、心臓や呼吸が止まっても心肺蘇生を行わない方針を定めておきます。

私が医師になったばかりの頃は、こうした心肺蘇生を試みない方針は、それほど多くありませんでした。命を助けることは医療の目的の一つです。今にも死にそうな患者さんに対して何もしないことは、医師にとって抵抗感があります。ご家族も「できる限りのことはやってください」とおっしゃいました。すると患者さんは胸骨圧迫をされ、チューブを喉に入れられ、人工呼吸器につながれることになります。