「医療や介護で若い人の負担を増やして、国のためになっていない」

あるときは、Tさんが気分の落ち込みを訴えて「私、うつ病じゃないかと思います」と言うので、「そんなことはありませんよ」と私は即座に否定しつつ、知り合いのメンタルクリニックを紹介したこともあります。予想どおり、メンタルクリニックでも「大丈夫。うつ病ではありません」と言われて帰宅したということです。

現在は、Tさんの気分の不安定さは以前に比べれば改善されていますが、当時のことをあらためてお聞きすると、率直な気持ちを語ってくれました。

「何年か前に、自分よりも年の若い友人を続けて亡くしたんです。商店街の友人同士の食事会も最初は10人で行っていたのに、何人も亡くなって今は6人になってしまった。それで寂しい気持ちもあったんでしょう。自分は何のために生きているのか、何のためでもない。ただ生きていることしかできない。そんなふうに気分が落ち込むことが増えました。だから、先生にもうつ病じゃないかと相談したんです。

最近はテレビだって、『老人はどれだけ増え続けるのか』みたいなことばかり言うでしょう。医療や介護で若い人の負担を増やして、国のためになっていない。ときどき生きているのが申し訳ないと思ってしまう」

国内のうつ病患者の約4割は高齢者だといわれている

Tさんは高齢期ならではの人間関係の変化や漠然とした不安感に加え、身体的にもそれまで経験したことがない変化を感じたということです。

「85歳を過ぎた頃から、ガタッと体力が落ちてしまって……。家事でも何でも、今までできていたこともできなくなるし、どうしてこんなになっちゃったんだろうと。同年代の友達に愚痴をこぼしても、みんな『大丈夫、何でもない。元気じゃない』と励まされるだけで、かえって落ち込むこともありました。

今も血圧の薬、便秘の薬、血液の流れがよくなる薬、骨を強くする薬、いくつも薬を飲んでいるけれど、腕の痛みが続いている。口内炎がよくできるからビタミン剤も欠かせない。この間も、風邪を引いただけなのに1カ月も寝込んでしまったの。それまで長く寝込むなんてことはなかったのに。大きな病気はなくても小さな不調は次々に起こり、これが“老い”なんだなと感じます」

Tさんのエピソードにも登場しましたが、「死にたい」という思いに直接つながる要因に「うつ病」があります。うつ病というと、働き盛りの人に多い精神疾患というイメージがあるかもしれませんが、実際は国内のうつ病患者のおよそ4割は、60歳以上の高齢者といわれています。

手で顔を覆う高齢の男性
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