「健康長寿」という点では日本はもっとも恵まれた国

また誰もが少ない負担で一定水準の医療を受けられる国民皆保険制度も、WHOをはじめ世界で高く評価されています。

実際に私の実感としても、今や長生きは珍しいことではなくなっています。80歳を超えるような高齢の親御さんがいる方も多く、ほかにも親類や地域を見渡してみると、80代、90代でお元気な方々の顔が何人も思い浮かぶはずです。

埼玉県川口市にある当院は、おもに地域の方々を対象に診療を行っていますが、患者さんの高齢化の傾向はさらに顕著です。60代、70代はまだまだ“若手”で、外来と往診を合わせると80代、90代の方だけで月の診療数は340人を超えます。90代のある患者さんはその姉が101歳まで長生きしており、「自分も姉の年齢までは生きる」と張り切っていますし、現在、当院の患者さんの最高齢は101歳で元気に歩いて診療所に来ます。

以前は106歳まで在宅で治療していた方もいました。多くの人が長生きをするようになった日本では、アフリカの小さな国々のように、幼い子が病気や栄養不良で命を落とすことはまずありません。

またマラリアやHIVなどの感染症で多くの人が亡くなるという例もありません。60歳、70歳で亡くなると「まだまだお若かったのに」とお悔やみを言われる国、国民の健康長寿という点では世界でもっとも恵まれた国――それが今の日本です。

「卒寿? ナニがめでてえ!」という高齢者の本音

ところが、人類普遍の願いである長寿を手にした日本のお年寄りすべてが、日々幸福を感じながら暮らしているかというと、話はそう単純ではありません。特に80代後半、90代という超高齢期になると心身の衰えも一段と進むこともあり、ほかの年代の人にはなかなか理解できない苦労や悩みが立ち現れてくるようです。

超高齢期の生きざまを語った著書がベストセラーになっているのが、90歳を超えた作家の佐藤愛子さんです。耳などの感覚器官が衰え、人の声が聞き取りにくいので、人の話に適当にあいづちを打ち、笑顔で取り繕う。

筋力やバランス感覚が低下して何もないところでよろめき、後ろから自転車で近づいて来た人に舌打ちをされる。スマホで番号を打てばすぐにタクシーが呼べると教わっても、まったく意味がわからない。

「『九十といえば、卒寿というんですか。まあ!(感きわまった感嘆詞)おめでとうございます。白寿を目指してどうか頑張ってくださいませ』満面の笑みと共にそんな挨拶をされると、『はあ……有難うございます……』これも浮世の義理、と思ってそう答えはするけれど内心は、『卒寿? ナニがめでてえ!』と思っている。」(『九十歳。何がめでたい』小学館)

佐藤さんがユーモアを交えつつ綴っているのは、「長寿は美徳と称えられるような、生易しいものじゃない。体のあちこちにガタがきて故障の連続。長生きなんてまったく面倒くさい」といった90代の人の心の叫びです。それがまさしく高齢者の本音を代弁しているからこそ、多くの人に支持されているのでしょう。