そんなことから、住民は一年中農作業で汗を流している。同時にお互いに農産物を分け合っている。今風に言えばシェリングエコノミーを実践しているといえる。

孫は「農産物を分け合っていたら売り上げは立たない。だからGDP(国内総生産)で見たら久比の集落は全然稼いでおらず、表面上は貧乏になってしまう」と指摘する。

「でも、実際にはすごく豊か。住民は常に農床を手入れして汗を流しているから、高齢になっても認知症にならずに元気。収穫物を育てる喜びも得られるし、シェアする喜びも得られる。だから自己肯定感が生まれてくる」

アメリカのヒッピーコミューンと共通項

個人的には久比を訪問してヒッピーコミューンを思い浮かべた。半世紀前のアメリカ西海岸で花開いた若者文化の拠点となったのがヒッピーコミューンだ。

当時、自由を求めて大勢の若者がヒッピーコミューンに集まり、新たな文化やイノベーションを生み出す原動力になっていた。その中の一人が米アップル共同創業者の故スティーブ・ジョブズだ。

大都会から隔絶された世界でコミュニティーが生まれ、自給自足の生活を営んでいるという点で、久比とヒッピーコミューンは共通する。

しかし、取材を進めていくうちに両者の間に大きな違いがあるということにも気付いた。反体制思想に傾斜したヒッピーコミューンが排他的・内向きになったのに対し、久比は誰にも門戸を開いて多様性を推し進める「自律分散型コミュニティー」を目指している。

26歳の青年が東京から久比に移住した理由

多様性確保のためには世代間の交流も欠かせない。久比取材時に私の案内役になってくれたのは若者だった。

福崎陸央、26歳。更科と同様に東京生まれ東京育ち。ブルージーンズに合わせて黒シャツをタックアウトして着こなす好青年だ。カメラマン志望でいつも一眼レフカメラを手にしている。

筆者提供
「まめな」のバーでインタビューに応じる福崎陸央氏

武蔵野美術大学を卒業後に広告制作会社に就職し、コンセプト設計やコピーライティングを担当。「まめな」と出会ったことで、2年前に退社して久比へ移住している。

「サラリーマンを2年間やっているうちに、誰のために働いているのだろうと疑問に思うようになりました。おカネが回ればすべて良しみたいな考え方になじめず、やりがいを感じられなくなり、会社を辞めました」

大都会から限界集落に飛び込んで退屈しないのだろうか?

「退屈なんてしません。農家だけじゃなくて学生や起業家にも会えるし、刺激があり過ぎて困っているくらい。サラリーマン時代よりも多様なバックグラウンドの人たちとつながっています。それでおなかが一杯になってしまう(笑)。買い物もそんなにしないので困りません」