孫泰蔵の「四十にして惑わず」の経験

ミスルトウが使命にしているのはソーシャルエンタープライズ――あるいは社会起業家――の支援である。利益極大化を第一にするビジネスモデルでは解決しにくい分野にスポットライトを当て、イノベーションを起こするのがソーシャルエンタープライズだ。

介護、医療、貧困、福祉、教育――。ソーシャルエンタープライズが取り組むべき分野は枚挙にいとまがない。とりわけ介護は大きなテーマだ。高齢化率の高さで日本が世界で突出しているからだ。

四十にして惑わず、といわれる。孫自身も40回目の誕生日を迎えて自分の人生観を変えている。

ちょうど10年前――40歳になるころ――のことだ。カレンダーを眺めていてふと気付いた。朝から晩まで会議ばかりで日々の予定が埋まっていたのである。まるで会議をするために生まれてきたみたいじゃないか! クソみたいな人生を送っているんじゃないのか?

孫は自分の若いころを振り返りながら言う。「あのころは40歳の大人に会うとめちゃくちゃおっさんに見えました。そうはなりたくないなあと思いましたね。でも、自分のライフワークが何なのか分からなかったから、常に不安と緊張に追われていました」

実際に40歳になってどんな思いを抱くようになったのか。「この世に生まれたからには何かを残したいし、自分の知識や人脈を生かして子どもたちのために少しでも世の中を良くしたい。そのように強く思うようになったのです」

久比地区に元気な高齢者が多い理由

「介護のない社会」の実験場として選ばれたのが、瀬戸内海に浮かぶ大崎下島の久比くび地区だった。超高齢化社会の縮図ともいえる限界集落である。

孫は自ら久比へ足を運んで現地を視察し、更科らが立ち上げたソーシャルエンタープライズ「まめなプロジェクト」が大きなポテンシャルを秘めた投資対象であると確信。「まめな」が2019年3月に一般社団法人になった段階で2億円を拠出した。

投資とはいっても通常の投資ではない。基本的に寄付の形を取っている。孫が求めているのは金銭的なリターンではなく社会へのインパクトなのだ。

更科が久比初訪問時に気付いたように、久比地区には元気な高齢者が多い。その理由は何なのだろうか。孫が注目したのがどの家にもある「農床のうとこ」だ。一言で言えば「多品種少量生産の家庭菜園」である。

農床で育てられる野菜や果物などの農産物は数十種類に上る。「うちはナスとキュウリを育てたい」という住民もいれば、「うちはオリーブの木を植えたい」という住民もいる。収穫期もさまざまだ。