イタリア中部の集落ウルバーニアは、石畳の広がる中世のような田舎町だ。そんなウルバーニアには、毎年世界中から多くの若者が集まってくる。仕掛人は、語学学校を継いだ42歳の「アトツギ(跡継ぎ)ベンチャー」経営者だ。なぜ「ルーラル(田舎)起業」に、注目が集まっているのか。ジャーナリストの牧野洋さんが現地を取材した――。(連載第11回)

第10回から続く)

語学学校の経営危機に“陳情”相次ぐ

「諦めないで頑張ってほしい」「お願いだから出ていかないで」――。数年前に新型コロナウイルスがイタリア中部にある集落ウルバーニアを直撃すると、地元の語学学校「チェントロ・ステゥーディ・イタリアーニ」の2代目経営者、ジョバンニ・パゾットの元に“陳情”が相次いだ。

語学学校「チェントロ・ステゥーディ・イタリアーニ」を経営するジョバンニ・パゾット氏
写真提供=チェントロ
語学学校「チェントロ・ステゥーディ・イタリアーニ」を経営するジョバンニ・パゾット氏

ロックダウン(都市封鎖)が3カ月間にわたって続き、丘陵地帯に囲まれて鉄道も走らないウルバーニアは完全に外部と遮断された。住民は家の中に閉じ込められ、特別の理由がないかぎり外出できなくなった。

チェントロも開店休業を強いられた。地域経済への影響は大きかった。ウルバーニアは人口7000人の小さな集落だ。ここに毎年500人前後の学生が訪れ、平均で1カ月間滞在していたのだから。

コロナ前、学生はアパートを借りて家賃を払ったり、スーパーで食料品を買ったり、レストランで外食したりしてお金を落としていた。それだけではない。地域に異文化を持ち込み、活気をもたらしていた。

ところが、コロナ禍で学生が街中からいなくなり、「町全体が死んでしまった」(パゾット)。結果として何が起きたのか。地域にお金が落ちなくなっただけではく、国際的なにぎわいも消え去ってしまったのである。

地域にとってかけがえのない「財産」

間もなくして住民意識に変化が出てきた。多くの住民がチェントロの存在の大きさに初めて気付き、チェントロが地域コミュニティーと不可分の関係にあるという思いを持つようになったのだ。パゾットは「諦めないでと懇願されるなんて、開業から35年で初めてのこと」と振り返る。

パゾットは続ける。「コロナ禍が続くなか、われわれは地元の一部と認識されるようになりました。言葉遣いからも分かります。住民はチェントロに頑張ってほしいときには『あなたたち頑張って』とは言わずに『われわれは頑張らなければ』と言うようになりました。コミュニティーオーナーシップが生まれたのです」

留学生らと歓談するパゾット氏(左から3人目)。ウルバーニア市内のカフェで
写真提供=チェントロ
オペラプログラムの教員らと歓談するパゾット氏(左から3人目)。ウルバーニア市内のカフェで

コミュニティーオーナーシップとは直訳すれば「コミュニティーによる所有」となる。チェントロはパゾット家のファミリービジネスであるものの、地域にとってはかけがえのない「財産」になっている。地域のエコシステムに完全に組み込まれているといえよう。

そんなことから住民はチェントロについてひとごとではなく自分事のように心配するのである。