本社があるのは人口数十人の三角島
ルーラル(田舎)起業家――。SDGs(持続可能な開発目標)や「ESG(環境・社会・ガバナンス)」への関心の高まりを反映し、田舎に拠点を置くルーラル起業家に世界的に注目が集まりつつある。
日本も例外ではない。だとしたらルーラル起業家としてぴったりの起業家は誰か。一人挙げるとすれば三角島で2015年に日本酒ベンチャー「ナオライ」を起業した三宅紘一郎(39)だ。
三角島と聞いてピンとくる人はほとんどいないだろう。それもそのはず、人口はわずか数十人で、船でしか往来できない。島自体が小さく、一周4キロメートルしかない。
皮まで食べられるオーガニック(有機)レモンを基にしたスパークリング酒「ミカドレモン」、まったく新しい「低温蒸留」によって生み出された新ジャンルの蒸留酒「浄酎」――。日本の伝統ともいえる日本酒業界の長期衰退を食い止めようと一念発起したのが三宅だ。
生まれも育ちも広島県呉市。はにかむような笑顔を絶やさず、飾りっ気がない。控えめだが行動力は折り紙付き。立命館大学時代に中国へ飛び出し、そのまま20代を上海で過ごしているのだから。
映画『ドライブ・マイ・カー』のロケ地
三角島も同じ呉市に属する。だが、戦前には戦艦大和の建造地でもあった呉市本州側が造船や鉄鋼などの重工業地帯なのに対し、三角島を含む呉市諸島部は農業地帯であると同時に「とびしま海道」で知られる観光地だ。別世界である。
サイクリングロードとして「しまなみ海道」が世界的に有名であるものの、田園度合いではとびしま海道に軍配が上がる。一般道であるため交通量が少なくてのどかなのだ。
今年に入ってとびしま海道は知名度を上げた。米アカデミー賞国際長編映画賞に輝いた『ドライブ・マイ・カー』のロケ地になったからだ。映画の中で西島秀俊が演じる主人公は風光明媚な海沿いをドライブし、三角島に近い大崎下島の港町を宿泊先にしていた。
三宅は「小学生時代に家族に連れられて、(とびしま海道の入り口にある)蒲刈島へ遊びに来たことが何度かありました。当時は都会に行くモチベーションのほうが圧倒的に高かったんですけれどもね」と振り返る。もちろん今では島の生活にすっかりなじんでいる。