「こっちは元気にやっているよ。そっちはどう?」
通訳係の奥山さんがブチまけたコーヒーを雑巾で拭き取り、私を給湯室に手招きした。
「気にせんでいっちゃが」
奥山さんは流し場で雑巾を丁寧に洗い流す。
「いっつもあんげやから」
「……」
「大丈夫やかい。あんたんごつ人はまっこちかわいそうやねー。まっこちまこちまこちぃ~っ!」
奥山さんがわざときつめの方言でそう言って笑う。少しだけ気持ちが落ち着いた。
行内でいたたまれない時間をすごす。その日の仕事を片付け終わったのは午後9時半をすぎていた。独身寮の自分の部屋に戻り、深夜1時をまわっていたが、妻に電話した。妻はすぐに出てくれた。
銀行は、顧客の秘密を守り、外部に漏らさないことが鉄則である。家庭でも銀行内であった話をすることは禁じられている。入行時に誓約書を書かされるし、服務規律として定められている。とはいえ、実際にはどの行員も一言も話さないわけがない。
銀行員の妻ならばそういうことも理解している。さっき起こった出来事について愚痴をこぼしたかった。だが、妻の声を聞いた途端、身重の彼女にあんなことを伝えてはいけない気がしてきた。
「こっちは元気にやっているよ。そっちはどう?」
15分ほど話をした。宮崎の人たちの言葉は難しいけれど、みんな温かく迎えてくれている。うまくやっていけそうだ。そんなことを伝えた。週末に帰ると伝え、電話を切った。
なにごともなく朝のミーティングが進んでいたが…
毎朝、7時30分からミーティングが開かれる。その5分前に寺川支店長が会議室に現れる。
課長と副支店長には当日のミーティングで話す内容を事前に伝えておかなくてはならないので7時前に支店に入ることになる。発表は年齢順だった。
私は5人のうち3番目。今月の営業目標、収益目標金額に対して昨日までの進捗状況、目標に届いていない分をどうするか、どの担当先に何を持ちかけるか……そんなことをみんなの前で発表する。海老原副支店長の司会でミーティングが始まる。
「おはようございます。6月13日、水曜日のミーティングを始めます。全体の予定はとくにありません。支店長の予定ですが、基本的に店内で、本部の営業企画部と業績推進についての企画打ち合わせです。それでは矢野課長から発表」
矢野課長は、課全体の営業目標に対しての現況を報告する。「業務粗利益の目標達成率48%は先月末と変わらず。貸出増加額目標達成率38%は先月末対比で7%のマイナス。預金増加額目標達成率45%は……」
淡々としたトーンで数字の報告が続く。
「もう週半ばですので各自、目標数字に早く追いつかないと手遅れになりますよ。私の本日の予定ですが、店内で稟議書資料の準備となります」
そう言って報告を終える。矢野課長は無気力を絵に描いたような人だったが、不思議なことに寺川支店長が課長を攻撃することはなかった。続いて担当者の発表が始まる。その3番目、私の順番がやってきた。