二つ目の変化は、バナナジュース需要の高まりだった。神保町で1日50~60杯、下北沢で30~50杯出るようになっていた。驚くべきことは、宣伝していないのに売れることだ。焼きそばの客が一緒に買っていくことが多かったが、今ではバナナジュース単体の客も増えている。それだけポテンシャルのある飲みものだということだろう。
反応が大きいのは割引クーポンだ。リスタートキャンペーンとして一杯100円引きにすると、1日の売り上げは150杯に達した。トッピング込みで平均450円の売り上げに100円程度の原材料費がかかるので、粗利益は350円になる。これが250円になっても150杯売れれば4万円近くになる。
一方で焼きそばは一食当たり700円と粗利益は高いが、50食出ても3万5000円程度だ。キャンペーンの効果を考えても、収益貢献度で引けを取らない。
バナナジュースは焼きそばに比べて単価は低いが、作るのに手間もコストもかからないのが魅力だった。冷凍バナナと牛乳をミキサーで混ぜるだけなので、アルバイトも間違えようがない。競合が少なく、コスト管理が可能で再現性が高いという、黒田がビジネスに求める3つの要素を満たしていた。
このビジネスの根幹は、バナナの保管スペースとロジの確保だ。大量の冷凍バナナを保管するのに、今は業務用の冷蔵庫を使っているが、足りなくなるのは目に見えている。倉庫兼セントラルキッチンとして使える場所を探していた。
緊急事態宣言下で変わり始めた「脱サラ店長」
一度目の緊急事態宣言が解除されて、最初の週末のことだった。ぼくは昼前から出社し、1時過ぎに神保町に向かった。テーブル席に男女が一組、カウンターに男性が一人、バナナジュース待ちの男性が一人いた。
ぼくの後で男性が一人カウンターに座り、3人組がテーブルに座り、バナナジュース目当ての男女が一組入ってきた。かなりの混み具合に思えたが、黒田がいうには、たまたま混む時間帯だっただけだという。非常に厳しい一週間だった。
雨が多かったからか、平日でも焼きそばが20食に届かない日が続いた。「嵐にしやがれ」は、スタジオ収録の日程すら見えない。悪いことは重なるもので、フジロックの中止がリークされた。
「これで、キッチンカーを売却する踏ん切りがつきました」
まだ主催者から正式な連絡は受けていないが、すでに決定したに等しいのだろう。当面何を目標にすればいいのだろうか。黙り込む黒田の表情が、今までになく暗かった。