仕事は食べていくためにするもの

【中村】私ら戦争を経験した世代からすると、そもそも「何かを通じて自己を実現する」っていう感覚がないから、気持ちがわからへんけどね。

中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)

仕事は生活していくため、食べていくためにするもんやと思って、私自身はやってきたから。好き嫌いと関係なく、むちゃくちゃ苦しい仕事じゃなければ、お給料がもらえて人並みの生活ができていたらそれでええわって。

【奥田】きっと、私の世代くらいから、仕事はお金を稼ぐためだけじゃなくて、自分を活かすため、輝かせるためにするものだっていう刷り込みがされてきたんですよ。今の若い人は、学生時代から将来のキャリアプランをイメージさせられていますから。だから社会に出て、仕事が自分の理想と違っていると、悩んだり不安になったりしてしまうし、他者から自分の欲しい評価をもらえないと、うつ的になってしまうんです。

会社は他人が作ったお金儲けのための、ただの箱

【中村】わあ、大変やなあ。そんな小難しいことを四六時中考えていたら、それこそ病気になってしまいそうや。会社は他人が作ったお金儲けのための、ただの箱。そこはあくまでも他人の箱庭なんやから、自分の思うような役割に就けなくても、気にせんでええのになあ。他人が輝こうが、出世しようが自分の食い扶持が稼げればええやないの。仕事をする一番の目的は、自分や家族を食べさせるためでしょ。

【奥田】先生とお付き合いするようになって、だんだん私もそう考えられるようになりました。

特に30歳を過ぎてから夫の仕事の関係で東京に来て、夫の給料が下がったり、子どもが二人できたりして、自分が生活を支える立場になってからは、仕事をする一番の目的は食べるためだって、どんどん吹っ切れていきましたね。まずは家族の食い扶持を稼げていたら、それで充分。自分に余裕があるときだけ、自己実現的なことができたらいいよね、という感じです。

【中村】それは何よりやったね。

【奥田】とはいえ、30代や40代の頃は、キャリアアップのために資格をとらなければならなかったり、仕事で新たなスキルが必要になったりと、常に自分を鼓舞するように働かざるを得ないところがありました。

でも50歳を過ぎてからは、仕事人生のゴールがある程度見えてきたし、仕事の中心を担う世代も、自分たちより若い世代へと自然に移っていく。ああ、自分たちの年代はそろそろ現役世代の終わりに近づいてきたんだな、ということを受け入れた頃から、かなり気持ちが楽になってきました。これも老いの効用ですよね。