学芸員に託した「14箱の段ボール」に入っていたもの
そして富野監督からの「概念を展示してほしい」というオーダーに対して、彼らは「富野監督の思考を追体験する」という答えを出しました。展示の中心を、セル画などの「絵」ではなく、企画書をはじめ創作過程に書かれた文章や設定資料にするというアイデアです。
この結果、ついに富野監督は、展覧会企画を認めました。
さらに時は流れ、2018年の春。富野監督のマネジメントスタッフから学芸員に連絡が入ります。富野監督が学芸員を自宅に招いたのです。ここで富野監督は学芸員に合計14箱の段ボールを託します。箱を開けた学芸員は目を見張りました。ぎっしり詰まっていたのは膨大な制作資料。学芸員が展示の中心にと考えていた富野監督直筆のメモや企画書そのものだったのです。
学芸員の山口さんはこう証言しています。「監督が託してくれた資料は、初見のわれわれがみても理解できるように美しく整頓されていました。富野監督は少なくとも数カ月前から整理作業を始めていたはずです」。
富野監督は「概念を展示してほしい」という大軸だけトップダウンで指示した上で、そのことに答えを出した学芸員たちに「展覧会の具体的な中身は任せる」と言い切りました。各コーナーのテーマ設定から、展示物の選択、そこに記す解説文までを学芸員に託すと宣言したのです。
天才ではないからこそ、実現できるチームワークがある
六本木で展覧会企画を却下する富野監督にショックを受けた工藤さんは、この発言に再び驚かされたそうです。
「アニメーション作品・作家をテーマにした場合、展覧会の内容はアニメスタジオと監督の意向が強く反映されたものになりがちなんです。この作品はこのように紹介してほしいというある種のガイドラインがすでにある状態……既存のファンが多いからしょうがないことですが。でも、富野監督とサンライズさんは現場に任せるという姿勢を示してくれました。われわれにとってこれは本当にうれしいこと。2年をかけて企画を練ってよかったなと、思いました」
こうして現場を担当する学芸員たちのモチベーションがはね上がり、競うようにアイデアが重ねられ、エッジの効いた内容が実現されたというわけです。
ここで富野監督のあの発言に戻ってみましょう。
「それが、天才ではない僕らの戦い方だ」
富野監督をドキュメントしながら、私はいつもこの言葉を反芻していました。
もし富野監督が自分を天才と考えていたら、自身の名前を冠した展覧会の内容を他人に全面的に任せることはなく現場からのボトムアップは限定的だったでしょう。
そう、天才ではないからこそ、実現できるチームワークがある。
そして、チームに天才がいないからこそ、各人が自分ごととしてプロジェクトに参加して充実感を得ながら働くことができる。そこから高いアウトプットを安定的に導き出す。
これこそ「天才ではない僕らの戦い方」ではないでしょうか。
この展覧会が作られていく過程には、お伝えしたいエピソードがまだまだあります。続きは連載第2回をお待ちください。