『機動戦士ガンダム』の生みの親であり、日本を代表するアニメーション監督・富野由悠季氏。富野監督はなぜ次々とヒット作を生みだせるのか。そこには「チーム」のポテンシャルを引き出すという意外な演出法があった。富野監督の密着ドキュメンタリー映像を演出してきた中西朋氏がリポートする――。(第2回)
富野由悠季監督とヨコオタロウさん
写真=ドキュメンタリー映像『富野由悠季の世界』より
富野由悠季監督とヨコオタロウさん

スタッフの力を引き出す! 富野監督のコミュニケーション術

「このシーンについて悩みに悩んで答えが出なくて禿げちゃった」
「爺ちゃんもいよいよ才能の限界かもしれない」

これらは富野由悠季監督が、スタッフを集めた制作会議で頻繁に語る自虐ネタの例です。初めてその姿を目の当たりにした時、私は残念な気持ちになりました。

私にとって富野由悠季監督は、アニメと実写の違いこそあれ同じ映像の世界にいる伝説の演出家であり、雲の上の存在です。だからこそ富野監督にはどんな時もカリスマ的なリーダーでいてほしかったのです。なぜ富野監督が自らの権威を落とすような発言を重ねるのか? 未熟すぎた私にはまるでわかりませんでした。

でも今は、その意図が理解できるようになりました。富野監督がスタッフの前で見せる言動は、すべて作品を向上するためであることに気がついたのです。

富野監督はプレーヤーであると同時にマネージャーでもあります。設計図となる脚本と絵コンテを書いた後は、100人以上のスタッフに指示を出してアニメーションを完成に導かねばなりません。一人ひとりの動きがアウトプットの質を左右します。

そこで富野監督が重視しているのは、スタッフのモチベーションを高めること。そのために富野監督はあらゆるコミュニケーション技術を使っています。

富野監督のスタッフ掌握術とは?

私が富野監督に初めて対面したのは、2014年7月4日のことでした。富野監督はテレビシリーズ『Gのレコンギスタ』の立ち上げ作業で、杉並区上井草のサンライズ第一スタジオに詰めていました。

バンダイビジュアルから、密着ドキュメンタリー映像の企画を持ちかけられたのですが、前日は激しい緊張で10分ほどしか眠れませんでした。

その日は企画プレゼンでした。サンライズ側の出席者は小形尚弘プロデューサーだけ。私たちドキュメンタリー制作チームは練り上げた企画書を小形プロデューサーに渡し、撮影の狙いを伝えました。

企画書にじっくり目を通した小形プロデューサーは「すこし気になる点がありますが、大枠はこれで良いかと思います」と内容に賛同してくれました。一同がほっとしたのも束の間、小形さんは「次は被写体である富野さんの了承を得る必要がありますね」と言い残すと、サッと会議室から退出。程なく戻ってくると「富野さんが直接話したいと言っているので、ご挨拶をお願いします」。私は、突然、富野監督と会うことになりました。