巨匠との初対面
仕事相手として、富野監督と対面するのは怖いことです。
第一スタジオを歩いていくと、黒いキャップを被りデスクに向かって鉛筆を走らせている富野さんの姿が。
「どうも。富野です」と会釈してくれた富野監督は、ニコニコと優しそうな微笑みを浮かべています。『機動戦士ガンダム』をはじめ、数々の名作アニメーションを作り上げてきた伝説の演出家を前にして、私は名乗っただけで、なにも話せません。そして富野監督から「あなたはゲンバですか?」と尋ねられました。
私は何を聞かれているのか理解できず、オドオドするばかり。すると富野監督は苛立った表情になり、低い声でこう話しました。「現場で動く人間なのか? って聞いてんだ」。
ようやく質問の意図が飲み込めた私は「げげげ現場です。ディレクターとして実際ここにきて撮影させていただきます」と答えました。
「こちらの仕事に差し支えがないよう、最少人数で来てください」
「私1人で伺う予定です」
「カメラはちゃんと回せますか?」
「一通りは……使えます」
「私は実写のカメラアングルも理解しています。君の動きを見て、この計画に見込みがないと感じたら、即刻、撮影はやめていただきます。よろしいですね?」
「……はい」
「それから、不用意な質問はご遠慮ください。くだらない問いには一切お答えしません」
「……はい」
富野監督から発せられたのは「質問」というより「意志確認」に近いものでした。練り上げた撮影プランもどこへやら。「はい」しか返せない私はこの仕事に参加したことを後悔し始めていました。自分の出る幕ではなかった。もっと修行を積んでから挑むべき相手だった……。
富野監督は最後にひとこと付け加えた
その時、富野監督はもう一度最初の笑顔に戻ると、こう言いました。
「いろいろ言いましたが、好きなようにやってください」
「(え⁉)」
「同じディレクターという意味では私たちは対等なんですから」
最初の対話はこれで終わりました。スタジオからの長い帰り道。富野監督から発せられた「対等」というひとことに、かつてないモチベーションを与えられていることに気がつきました。この胸の高鳴りを、8年たった今も鮮明に覚えています。
私たちは密着撮影を7日間に限定して、代わりにその期間だけはトイレ以外すべての行動を撮影させてほしいと富野監督に申し込み、承諾してもらいました。現場に立った時には迷いは消え、オドオドせず思い切った仕事をすることができました。
これは制作チーム全員に共通していました。富野監督は宣言通り、私たちの「好きなように」作らせてくれたのです。視聴者にとって退屈なPR映像に陥らないよう、富野監督を手放しで讃えることは禁じ手にしました。いかなるヒットメーカーといえども賛否両論あって当然。両面にカメラを向けた方が、結果として現場の熱気が映し出せると考えたのです。そして出来上がったのがBlu-ray作品『富野由悠季から君へ』。セールスマネージャーの菊川裕之さんが販売方法にも工夫を凝らしました。
・生産枚数を限定した形で販売する。
・ネットなどで通販をせず、劇場での対面販売のみとする。