「動かない物は食わない」確率は五分五分

筆者は明治、大正、昭和と約80年分の北海道の地元紙を通読し、また市町村史、村落史、自伝、林業専門誌などにも目を通して、ヒグマに関する記事、挿話を抽出、データベース化し、拙著『神々の復讐』(講談社)にまとめた。

先人たちの体験から、クマと遭遇したときの効果的な対策について考えてみたい。

ヒグマ
2025年は北海道福島町で新聞配達員が喰い殺されるなどクマによる人身被害が多発している。
①「死んだふり」は有効か?

「ヒグマに遭ったら死んだ真似をすると助かる」という俗説は広く信じられているが、これは「クマは動かない物は食わない」という、これまた俗説によるもので、専門家によれば確率は五分五分であるという。実際に助かったケースでも、けっこうな怪我を負わされることが多いようだ。古い事例では明治の初め頃に、次のような事件があった。

「亀田郡七飯村の者が単身で舞茸採りに出かけ、たまたま大きな舞茸を見つけて、天の賜と喜んで思わず声を発したところ、生い茂る木立から大牛にも等しい猛熊がこちらを目がけて進んで来た。その勢いの恐ろしさは「胆魂魄も天外に飛去り」という有様であった。某はかねて聞いていた通り、死ぬも生きるも天の運と度胸を据えて自らそこへ打ち倒れて息を殺し「死したる体」を見せかけた。やがて彼の熊が側に近づき、某の体をしきりに打ち叩き、爪でもって散々傷つけた後、手を口に当てて呼吸の有る無しをうかがい、真に死んだと思ったのか、その場を立ち去った(後略)」(『函館新聞』明治14年10月10日)

結局この男性は27カ所の傷を負って病院に運ばれたそうである。ほかにも全治3週間の重傷を負ったり、後遺症が残ったりした事例がある。

全身の毛を逆立てるので異常に大きく見える

②静観して生還する

「死に体」を装わないまでも、クマの存在を無視して助かった、つまり「静観して生還した」事例もある。煙草を一服しているうちにヒグマが立ち去ったというケースは多い。

「昭和三〇年六月、(中略)二〇林班曲線車道で自動二輪がすぽっと埋まり、動けなくなって降りて押しても動かず煙草を一服してちょっと横を見ると一〇m位先に頭を下げてこちらを睨んでいる、静かに見ると背中毛を立て段々顔のまわりの毛も逆立てかまえる、これはちょっと相手が悪いので自動二輪のエンヂンをとめて煙草をくわえ横を見ながら腰の山刀を持って最悪を考え構える。エンヂンを止め横を向いたので安心して横の藪に入って行った(後略)」(六、実話の一遍 及川公『東山郷土史』)

遭遇した当初はクマも警戒し、毛を逆立てているが、こちらに害意がないとわかると、次第に落ちつき、静かに去っていくというパターンが多いようである。

最後に筆者が調べた中で、もっとも参考になる、クマに出くわしたときの心得を、古老の談話より以下に転載しよう。

「もし出合った場合、いきなり駆け出して逃げることは禁物である。熊・犬等は逃げ走る物を追いかける習性があるから如何に早く駆けても四つ足の動物に勝てる訳がない。この様な時は落ちついて相手の目を見て絶対に目を逸らさない事、睨み合いが長くなると熊は必ず目を逸らすから、すかさずたばこか煙の出る物を燃やす。煙を非常にきらうようである。山路の曲がり角でいきなり出逢った場合、熊が異状に大きく見えたと出逢った人はいう。それは熊も人以上に驚き、瞬間全身の毛を逆立てるために異状に大きく見える、(中略)毛を逆立てている時が一番危険な時である。熊が目を逸らす時は逆立った毛も納まった時である。山へ入る時はナタ等を持ち、また、鈴・鐘等の鳴り物を持って行くこと、それらを鳴らし大声を出してもなお、近付いて来る熊は非常に危険である。その様な時は、まず食物を持って居たらそれを捨てる。一目散に走りながらそれでも追ってきたら、ぼうし・手拭い・上着等間隔をおいて捨てる。後は死にもの狂いで逃げるしかない」(七、開拓と熊 佐々木辰吉『東山郷土史』)

(写真=時事通信フォト)

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