『機動戦士ガンダム』の生みの親であり、日本を代表するアニメーション監督・富野由悠季氏。2019年から2022年にかけて、富野監督の初の「展覧会」が各地で開かれたのだが、その内容は「絵」より「文字」が主役という異例の構成だった。なぜそんなことになったのか。富野監督の密着ドキュメンタリー映像を演出した中西朋氏がリポートする――。(第1回)
「富野由悠季の世界」展覧会の外観
写真=「富野由悠季の世界」青森県立美術館
展覧会の外観

突然、机を「バン!」とたたいて、こう言った

「それが、天才ではない僕らの戦い方だ!」

突然、富野由悠季監督が強い口調でこう言ったので、私は耳を疑いました。

なにが起きたのか。会議が終わって、スタッフ同士が仕事の進め方について雑談をしていました。それは以下のAとB、どちらのスタイルが好みか、という話題でした。

A「目の前にあるひとつのプロジェクトに集中したい」
B「複数のプロジェクトを掛け持ちで進めたい」

「富野由悠季の世界」メインビジュアル
「富野由悠季の世界」©手塚プロダクション・東北新社 ©東北新社 ©サンライズ ©創通・サンライズ ©サンライズ・バンダイビジュアル・バンダイチャンネル ©SUNRISE・BV・WOWOW ©オフィス アイ

スタッフの1人が「自分はAでひとつだけに集中したい。富野監督の仕事だけをしていたい」と発言したところ、それまで黙ってみんなの話を聞いていた富野監督が、机を「バン!」とたたいて、こう言ったのです。

「僕らはいろんな仕事をするべきなの。それでそれぞれの仕事の現場で得た小さな気づきを集めて束ねて太い軸として、次の仕事につなげるの。それが、天才ではない僕らの戦い方だ!」

部屋には西日が差し込み、生暖かい空気が充満していたのですが、富野監督の剣幕に出席者全員の背筋が伸びました。

末席にいた私は2つの点で耳を疑いました。ひとつは伝説的な演出家である富野監督が、ご自身のことを「天才ではない」と断言したこと。もうひとつは、会議に出席していた全員を「僕ら」と呼んで同列に語ったことです。

自分を「天才ではない」と認めているからこその戦い方

当時、私は30代前半で、仕事で成果を出せず悩んでいました。当時は随分と偏った考え方をしていたので、「この年齢になっても突出した成功者になれなかった。何者でもない自分が、これ以上頑張る意味はないだろう……」と自分自身を必要以上に責め、毎日がひどく息苦しかったのです。だから富野監督の「天才ではない僕らの戦い方」という言葉は、とても新鮮でした。

富野監督の「戦い方」とは具体的に何を指すのでしょう。私は「富野流チームワーク」にその秘密があると考えています。

自分を「天才ではない」と認めているからこそ、仕事相手と本質的な意味で対等な関係を築くことができる。個人の能力を過信せず、集団で高いアウトプットを維持しているというのが私の仮説です。

アニメーション作りとは時に100人以上のスタッフが関わる一大プロジェクト。そして『機動戦士ガンダム』とは、プラモデルなど関連商品を合わせて2021年度に950億円を売り上げた巨大ブランドです(バンダイナムコホールディングスが発表したIPごとのグループ売り上げ総額による)。同社の発表によると同年で「アンパンマン」が87億円、「ワンピース」380億円ですから、「ガンダム」というブランドの強さは突出しています。

その原作者としてブランドを育てた富野監督のやり方にはさまざまな仕事に活かせる「ヒント」が詰まっているはずです。私がそばで見聞きした事柄をみなさんにシェアするべく、これから3回に亘り記事をお届けします。